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彼女の少し寂しげな瞳。母を亡くしたばかりだろう・・・・・・そう、思っていた。けれど、母が亡くなったと会社で耳に挟む前から。彼女の瞳は寂しそうだった。
会社で彼女を目で追う日がだんだんと、増えていった。
写真の癖で、たまに、両手でアングルを作っていたりしている自分を自嘲している。
「・・・・・・まだ、あきらめ切れていないんだろうな」
自宅には、定期的に写真家の場々悟からハガキが届いていた。
週末、ギャラリーに脚を運ぶ。小さなギャラリーで、昔の写真や最近撮影したと思われる写真があった。
空と木々、花、後ろ姿の子ども・・・・・・場々の写真は、日常の瞬間。
雅春自身も、撮り続けたかった写真。
ギャラリーには、数人の客が訪れ鑑賞している。
写真集も置かれ、1冊購入すると声をかけられた。
「沢野さま、奥のお部屋に来ていただけますでしょうか?」
「・・・・・・わかりました・・・・・・」
案内された部屋に入ると、場々が椅子に腰かけていた。
以前より、白髪が増えた感じだった。
「久しぶりだね・・・・・・君がくるのは」
「お久しぶりです。場々さん」
「今は撮っていないのかい?」
「愚門ですよ」
「・・・・・・すまない」
「場々さん・・・・・・昔、桜の樹の下の写真、撮りましたか?」
その質問を投げかけた時、場々の表情が硬くなった。
場々の反応は、確かに、あの写真の撮った本人だと物語っている。
「・・・・・・君には、関係は・・・・・・ない」
「ある・・・・・・とも、言えます」
師の唇がぎゅっと噛み締められ、何かを耐えている。
「その女は、最近、亡くなったんです」
「!!」
歪んだ表情。涙を堪えている。嗚咽にもならない、喉のうなり。
責めたいわけではない。自分自身、写真が撮れなくなった理由が・・・・・・あるから。
「その女の娘がいるんです。翠と言います」
「み・・・・・・ど・・・・・・り」
「俺が勤めている会社の後輩です。彼女は、きっと父親を知らずにいます」
「わたしは・・・・・・」
「彼女、待っているんだと思います。写真を撮った人を・・・・・・」
耐え続けていた場々は、泣き崩れそうになりながら話してくれた。
写真家を目指した自分を支えてくれた女性がいたが、彼女の親に反対をされ離れざる得なくなった。子どもがいたことは、沢野から初めて聴いたこと。
女性の、伊田香のセピアの写真を撮った以外、セピアの写真は撮らなくなった。
「俺は・・・・・・彼女が持っていたセピアの写真。好きですよ」
雅春は、そうひと言、言い残してギャラリーを出た。
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