31人が本棚に入れています
本棚に追加
小さな雑貨店に久しぶりに来た。
母の、写真。セピアの写真を失くさないために、いれる写真ケース。
母が好きだった桜色と、自分の名前の翠と似た色合いの革のケース。刻印もして貰った。
店から出て歩いていると、見知った男性がとある場所から出てきた。
こちらに、気づいた様子で少し早歩きで来た。
「お疲れ様・・・・・・いや、こんにちは、だな」
「こんにちは」
「買い物?」
「はい・・・・・・沢野さんは?」
「あぁ、知り合いと少しね・・・・・・」
少し、訳ありな表情の彼に何か尋ねようとは思えなかった。
深入りしない、そう、行動しているところが翠にはある。そして、それは沢野からも感じられていた。
会話は最近、会社でもするようになったが。当たり障りのない話し。深く関りを人と持たない、それが沢野だった。
「コーヒー飲む?・・・・・・イヤなら、大丈夫」
「いや・・・・・・では、ないです」
彼に案内され、小さな喫茶店に入りコーヒーを飲んだ。
沢野は、断りをいれてシガレットケースからタバコを1本とり、吸っていた。
喫茶店から少し歩きながら、駅まで送ってくれた。
特に会話が弾んだわけではなかったが、心地良かった。沈んでいる気持ちは相変わらずだったが、何かが変わり始めていた。
それは、翠だけでなく・・・・・・雅春も同じだった。
週明け、会社でいつもとは違う二人だった。
何かが互いに変わる。
休憩スペースで、沢野が写真集を真剣に観ていた。
翠が入ってくると、隠すことなく手招きを少しして呼んだ。彼にしては珍しい行動だった。
内心、驚きつつ席に着くと、「好きな写真家の写真集」と言って見せてくれた。表情がどこか、嬉しそうで懐かしそうな瞳の彼に吸い込まれる。
「? どうかした?」
「えっ、いえ・・・・・・珍しいと思ったので」
「珍しい?」
「沢野さんが・・・・・・こうやって、声をかけるのが・・・・・・」
最初のコメントを投稿しよう!