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休憩スペースで、沢野から写真の話しを聴いていると、その瞳はとても優しく懐かしく哀しげだった。
何か、大切なものを置いてきてしまったような・・・・・・。
翠は、沢野の瞳と表情から目が離せなかった。
彼も彼女が見つめているのを知り、気持ちが高揚する。年甲斐にもなく、年下の女性に気持ちが向き始めていた。
連絡先を初めて交換して、改めて週末に会うことになった。
翠は、異性との深い付き合いなどを避けていた。彼と会うようになったのは、母を亡くした人恋しさなのか? よくわからない状態だったが、彼と会うのは嫌ではなかった。
一緒に入った喫茶店で、コーヒーを飲みながら時間を伴にする。
会話はあまりないが、心地よい時間。
互いに、それが当たり前になってきた。休みには一緒に時間を過ごすことが。
「会ってもらいたい人がいるんだ」
沢野が神妙な面持ちで、言ってきた。
いつもの喫茶店で、アイスコーヒーを飲んでいた翠はストローから口を話し彼を見つめる。
「会ってもらいたい人? ですか?」
「あぁ、俺の・・・・・・知り合いなんだが・・・・・・」
妙に歯切れの悪い言い方に、翠は少し不安になる。
相手は女性? 自分と付き合っている、という訳ではないが週末には一緒に過ごしている。沢野から告白を受けたわけでもない。
ただ、居心地の良い時間を供に居られた幸せがなくなる。その不安が出てきた。
「女性ではない・・・・・・俺の、家族みたいな人というか」
「・・・・・・家族・・・・・・」
「君には・・・・・・翠には、会わせたい」
力強い瞳で、言う彼は、翠の手をそっと握る。
とても大きくて暖かい、大人の男の手。父を知らない彼女にとって、男の手の温もりすら初めてで、握られる手に嬉しさを覚えた。
彼の瞳と手の温もりから離れたくない、そう強く感じた翠はふたつ返事で答えていた。
喫茶店を後にすると、彼の案内で小さなギャラリーについた。
ドアには【Close】の看板が出ていたが、ドア口で彼が誰かに電話をすると中の鍵が開き、1人の男性が出てきた。
少し痩せた白髪交じりの男性。どこか、憂いの表情。翠を見ると、懐かしい人を見ている瞳になる。
「場々さん、こんにちは」
「・・・・・・あぁ・・・・・・連絡、ありがとう」
場々と呼ばれた男性が、ギャラリーの小さな部屋に案内してくれた。
そこには、セピア色の写真がたくさん飾られていた。
桜の樹の下の写真も・・・・・・。
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