セピア

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あの日以来、翠の中では小さな棘ができていた。ささくれのような、小さな小さな棘はだんだんと大きな傷へと変わった。 いつものように、雅春との時間。 一緒に過ごしていても、供にいない感覚に酷く襲われていく。 彼の家にはまだ行ったことがないが、彼は翠の家に来て泊まることもあった。 肉体的に繋がりを、憶えた。 「・・・・・・っ・・・・・・あっ・・・・・・」 小さな汗と涙。瞳から、零れる。 彼の自分を求める熱に浮かされ、彼を受け入れていく。 「んっ、くっ・・・・・・はぁ」 「ぁっ、雅春さん・・・・・・」 互いの唇を(むさぼ)りあう。唾液交じりの口の愛撫(あいぶ)。 翠は、身体だけでなく、心も熱を帯び求めた。 彼の心と供にありたい・・・・・・そう、強く。 日曜の夕方には、翠の家から帰ってしまう彼を見送る。独り、家に取り残された気持ちになる。 誰もいない。彼の(のこ)()と、消え去り始めた温もり。それと、たまに撮ってくれる写真を残して・・・・・・。 「また、増えた・・・・・・」 週末、来るたびに渡される写真を引き出しのアルバムに入れる。少しずつ増えていく写真。 自分で彼を写した写真もある。 初めてカメラを持たせてくれ、撮った写真。 場々のアトリエに行った日から、もうすぐ半年。場々とは、たまに電話で話す仲になれた。「お父さん」と、呼ぶには時間が長すぎてしまい、なかなか勇気がでないが話せることは嬉しかった。 翠の家から戻ると、撮った写真を現像する。 今の雅春の習慣。彼女と肌を重ね、何気なく撮った写真。 会社と自分のマンションの往復で終えていた時間が、変わっていく。それが、辛くも感じた。 「こんなかたちで、向き合う羽目になるとはな・・・・・・」 現像しながら、呟く。 ネガを切り裂いてしまいたい衝動と、撮った写真を現像し彼女に見せたいという相反する気持ちに陥っていた。 彼女の家から帰るときの焦燥感。平日、会社で顔を合わせているのにも関わらず距離は詰められない自分。 「これじゃ・・・・・・」 その先の言葉を、飲み込んだ。
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