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「このレンズには真実の姿が現れるんだよ」
幼い頃、祖父はそう言って僕に古びたカメラをくれた。
「君が愛しいと思う誰かを、撮ってあげなさい」
優しい声で祖父はそう言い、僕はその教えに従った。
今日も僕は、愛しい君をレンズに収める。
「ねぇ、変じゃないかな」
レンズ越しの君が僕に問う。何も変じゃないよと答える。
「でも、ほら。私、写真写りが悪いから」
写りが悪いのは撮る側の腕の問題だよ、と僕は笑う。
「……ありがとう、じゃあ、撮ってもらおうか」
ようやく笑みを見せた君に、僕はシャッターを切るのだ。
数十枚の写真に、写る女性は全て異なる形をしている。
眼球を幾つも連ねている、腐りかけた葡萄のような腫瘍の集合体。粘性の体液を滴らせた、汚らしい毛皮を纏う四つ足の獣。蕩けて骨組の飛び出した、墓場から掘り出した屍じみた異形者――――その全てが、彼女だった。
「……やっぱり、私は化物のままだね」
少し形が違うだけじゃないか。僕の言葉に、君は涙を零している。
「……それでも、こんなに醜いよ」
私が触れれば、綺麗な花も可愛い人形も、全部こんなに醜くなる。
「君のカメラが真実を映すなら、私は君の傍にいるべきじゃないんだ」
いつか私は君のことも、醜く歪めてしまうだろうから。
「お願いだから、私のことを嫌いになって」
君を化物の犠牲にしたくはない。君はそう言って、僕を遠ざけようとする。
何度も言っているのになぁ、と、僕は君を抱き締めながら思う。
(写りが悪いのは撮る側の腕の問題なんだよ)
僕が【君を】撮影をしたからじゃない。君を【僕が】撮影したからだ。
君はこんなにも美しいのに、なんて、言葉にしないままに僕は愛を紡ぐ。
「ねぇ、次の休みの日は、二人で何処かに出かけよう」
たくさんの思い出で君を飾ったら、きっと真実も美しいものになるから。
「……君は本当に優しいなぁ」
ありがとう、と、愛してる、を、君は泣き笑いの顔で囁く。そうして、僕は――――真実を歪める化物は、呪いをかけられたお姫様を抱き締めて。
今日もまた歪な写真を撮る為にシャッターを切るのだ。
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