研究対象

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 第三次世界大戦が起こり、人類の80%以上が滅亡した。残されたごく少数の人々が、できる限り『数』を保護・増加させるためにと、戦後シェルターで過ごした年月はおよそ20年。その世界史にも残る、暗黒の20年に生まれた子供たちはそれぞれに専門的な知識を与えられ、決められた役職に就き、そして各地に派遣された。 人口が以前の10分の1にまで低下した世界。それが現在の地球の姿だ。  「かつての面影はないが、ここは確かに日本で、T県と呼ばれた場所に当たる。そうだね?(ほむら)。幾ら君が研究だからって、これくらいの知識は兼ね備えていると思いたいけど?」 そう言った途端、目の前の人物がムッと顔をしかめる。名前は焔。名字、とかはない。そんなものはかつての概念でしかない。 そもそもこの世界の人々には、すでに『親』という存在が感覚的にはないのだ。『友達』も『兄弟』もそう。ここまで育ててくれたのは、シェルターの大人たち。そして焔に『研究助手』という職業を与えたのも、大人たちだ。 猫のように大きい、橙色の目と目の間に皺をたたえて、焔は言う。 「当たり前!それどころか、ここがG8エリアってことだって知ってるさ!」 「それこそ当たり前。そのG8ってのが今の区分名なんだから。」 「じゃあ何?立派な『研究者』の駿河(するが)ならそれ以外のことも知ってるの?」 今度はこっちが口をつぐむ番だった。 「別に……そもそも歴史文書の研究のために、ここに派遣されたんだ。この荒れ地にそんなに重要な点はない。」 焔が今度は目を見開いた。 「なんだよそれ!自分が知らないからってさ……まぁいいけど。で、どっから手をつける?」 焔の表情はコロコロ変わる。今度は目の前の荒れ地と、遠くに見える、今にも朽ち果てそうな建物をじとっと見つめた。つられて目を向ける。見渡す限りの荒野に所々瓦礫が散在している中に、建物らしい建物は1つ。彼方に見える書物庫兼、今後の拠点だけだった。 仕事に関しても、焔は一括りに『研究者』と言っているが、正確には『歴史文書研究者』だ。大昔になにがあったのか。そして、どうしてあんな惨劇が起こったのか。それを調べるのが仕事だ。 大体、1つの土地に二人もの『派遣』があるのこと自体が珍しい。まぁ研究には確かにそれ相応の人手が必要だ。でも、何故焔が選ばれたのか。それは簡単だ。なぜなら、 「大変な作業になりそうだなぁ…でも、幼馴染みの阿吽の呼吸でパッパと片付けよーぜ!」 …そう。焔とは幼馴染みなのだ。さっき言った通り、別に親とか兄弟とかは表現の1つでしかないのだが、焔とは小さい頃からずっと仲が良かった。まぁ、今、各地に派遣されている仲間は大体が幼馴染みなのだが…。それでも焔は特別だ。だから未だ幸か不幸か、未だ焔以外と仕事をしたことがない。 「とりあえず、あの書物庫に移動しよう。」 ん、と頷いた焔と一緒に大きな荷物を背負って歩き始める。 尤も、この時はまだ、あんな『バケモノ』に出会うなんて思っていなかったが。
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