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 たった一枚の大切な写真をそっと撫でる。柔らかく微笑むその顔は、あなたがよく私に向けてくれたものだ。 「嫌だよ。恥ずかしい」  あなたはそう言って、カメラを向ける私にいつも手を払った。しっしっと手を振りながら、だけど楽しそうに笑っていたから。だから私はあなたの写真を撮れなくても一向に構わなかった。  あなたの写真は溢れている。雑誌を捲っても、テレビをつけても、あなたを見ない日の方が珍しい。柔らかな笑顔も。泣き顔も厳しい顔も。どんなあなたにだって会える。  だけど私が欲しいのはそんなものではないのだ。 「悔しいなあ」  そう言ってあなたが笑う。いつもの、柔らかい笑顔で。悔しいのならもっと顔を顰めてくれたらいいのに。私に対するとき、あなたは大抵穏やかだ。 「きっと私の知らない男に攫われてしまうんだな」  私の頬を撫でながらあなたが穏やかに言うから、私は否定が出来ない。そうだよ、と不貞腐れたように返すとあなたはまた笑う。  そんな訳ない。あなた以外の誰が、こんなに穏やかに私を包んでくれるというのか。  嫌だよ。置いていかないで。  その言葉を私は呑み込む。痩けてしまった頬で、あなたが微笑むから。  あなたが消えてしまっても、本のなかに、映像のなかに、いつでもあなたを見つけられる。  だけどそれは私の欲しいあなたではない。  カメラを向ける私に、あなたは手を払わなかった。穏やかに微笑んでレンズを見返す。震える手で私はシャッターを押した。堪えきれずに涙を流す私に、あなたは穏やかに語りかける。 「悔しいなあ」  悔しいのなら、もっと取り乱してよ。忘れるなって言ってくれたら、私はそれを守るのに。  だった一枚だけ、大切な写真。  私だけに向けられたあなたの笑顔。  穏やかな昼下がりの光のなかで。  そっと撫でる。
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