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レナスを探せ【二】
ルーウェンにも促されて、ジーンは葦笛を取り出した。
「どんな曲がいいんだ?」
「『風の大神を讃えよ』とかはどうだ?誰でも知ってるし勇壮で景気がいい」
「先生、誰でも知ってる歌ってやりづらいんだぞ?上手いか下手かなんて一発でわかっちまう」
「だからだよ」
ルーウェンは渋い顔のまま悪戯っぽく口の端を上げる。
「そうだろうな」
ジーンは苦笑しながら葦笛を操りだした。
最初はそれほど期待してはいなかったのだろう。
ルーウェンはそのうち真剣な表情になりジーンに向き直った。
葦笛は風の大神の化身とも言われるだけあって、大神のために作られた曲には葦笛の音がよく似合う。
そもそも歩きながら吹いてもらおうと思っていたルーウェンの足も止まっている。
思ってもいなかった腕前だ。
ルーウェンは、よく晴れた故郷の荒野を風が吹き渡る光景を思い浮かべていた。
いつの間にか曲は終り、ジーンは葦笛を下げた。
ぱちぱちと手を叩く乾いた音が響き、全員がそちらを見た。
フードを被った、長身だが痩せた男がいつの間にかそこにいる。
どうやって現れたのか、洞窟に慣れているルーウェンにもわからない。
敵ならばこちらが全滅していてもおかしくないが、この人物のことはルーウェンは知っていた。
「レナスか、珍しいな、あなたから近づいてくるのは」
「私も自分から誰かに近寄ったことはないよ。ここでこれだけの葦笛が聞けるとは思っていなかったからね」
「レナスちゃんなんだね!すごい!探検の初日で見つかるなんて!」
ソーレシアの、珍しいものを見つけたような歓声にルーウェンが苦笑する。
「それにしても歩き回らずにすんで助かった。この二人はあなたを探しにここに入ったんだ」
「私を?それはまたどうして」
レナスは首を傾げた。
「俺はジーンという。駆け出しの奏者だ。先生が話してくれた。あなたはこの街で奏者として皆に慕われてるって。できれば仕事の仕方を聞きたいと思ってるんだ」
「ぼくは剣士のソルだよ。ラッテンおばさんからも聞いてたんだー。冒険者で奏者の弟がいるって。ぼくとジーンちゃんはその時にレナスちゃんに会いたいって思ったんだよ」
「姉さんはお節介だからな。結論からいえばジーン君はそれだけの腕を持っていて私に何を聞くんだろう。それからそっちの女の子は……」
一瞬変な空気が流れる。
「ぼくは男の子だよ」
ソーレシアは言い張ったが、それがレナスに伝わったかどうかわからない。
「そうか。事情があるんだろう」
何を言おうとしたのだろう。
気になったソーレシアが口を開こうとした時、辺りが突然騒然としだした。
「早く神殿へ!重傷四人、毒と石化も受けてる。間に合わないかもしれない。まさか三階層で……」
階下からバタバタといくつも足音がして、辺りの血の匂いが濃くなったことにジーンが眉をひそめた。
ルーウェンは怪我人に手早く応急処置を施した。
「難しいな。傷もだが毒も石化も深刻だ」
その時、竪琴の音色が流れ出した。
怪我人らを発見し、運んできた冒険者たちは安堵のため息をもらした。
「レナス!そうだ、ああ、命は拾えるかもしれない」
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