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奏者
聞いたこともない竪琴とルーウェンが称したのは正しい。
レナスの操る音の重なりは、ジーンも聞いたことのないものだった。
「ジーン君。さっきの曲でいいから吹いてくれ。私が合わせる」
レナスの言葉に、ジーンは理由は聞かず反射的に葦笛を奏で始めた。
レナスの竪琴の音の粒は次第に葦笛の音に絡み合い、流れゆく。
洞窟の空気が震え出す。
ソーレシアは冷たくなりかけた手足が温かくなるのがわかった。
こんな音は聞いたことがない。
ソーレシアの癒しならば回復が早いかもしれない。
けれどもひとりずつしか癒すことができないし、毒や石化を解かなくては癒しも無駄になる。
その間に他の者の命の雫は滴り続けることになる。
ソーレシアは誰の命も選べない。
今、二人が奏でる音は、この場の全員に確かに効いている。
同時に毒や石化を解き傷を塞いでいく。
考えている時間はなかった。
ソーレシアは音にのせて歌い出した。
古代神聖語の歌詞は直接風の大神へ呼びかけるものだ。
いったいどれほどの時間そうしていただろう。
ソーレシアの声は枯れ始めていたが、レナスとジーンは奏でるのをやめなかった。
「見ろ、傷口が……」
「顔や手足に赤みがさしてきた」
「これならば……」
ついにソーレシアが咳き込み、ルーウェンが背中を叩いて止めてくれた。
「大丈夫だソル。よくやったぞ。それにしてもこんなことがあるんだろうか。出血が止まって毒と石化も消えた。これほどの傷を癒す奏者と歌い手がいるなんて」
冒険者たちは何とか動かせる位には回復したが、失った血が戻り、自力で動けるようになるまでには時間がかかるため、神殿へと運ばれていった。
レナスとジーンは疲れた様子ではあったが案外平気そうだ。
「ソル、大丈夫か?」
ジーンがソーレシアに声をかけた。
声が出なかったので、頷いてジーンの手をぎゅっと握った。
ジーンはやっと安心したように笑った。
「真の奏者、か」
レナスは呟くと、フードを払いのけた。
その目は固く閉じられたままだった。
「それはレナス、あんただ。あんたが決して弾くのをやめず引っ張ってくれなきゃ俺はとっくに吹きやめてたよ」
ジーンは心底そう感じている。
「どれだけ褒めそやされてもそう呼ばれても、私の心は晴れることがなかった。けれども君たちに会って、諦めることはないのだと思えた。ソル君もジーン君も、きっとこの街にずっと留まるわけではないのだろう。でもここにいる間は力を貸して欲しい。私の姉と義兄が冒険者をやめざるを得なくなったのは今回と同じことが起こったからだ。幸い命はとりとめたが、義兄は片脚を失った。その後も腕のいい冒険者が何度も襲われていて、助けられなかった命もある。冒険者だから危険はつきものだし何があっても誰も疑わない。この洞窟に巣食っているものを私は五年前から探し続けているんだ」
「わかった」
ジーンは頷いた。
「レナス、協力させてほしい。先生、このことは他の組合とも情報を共有してもらえないだろうか。ソル、ちょっと手強い冒険になりそうだぞ」
ソーレシアはジーンの手をぐりぐりと握り返した。
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