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再び酒場
「ラッテンおばさん。少し時間をもらえないだろうか。もしよければ話を聞かせてほしい。レナスから、おばさんたちとの冒険をやめざるを得なかった時の話を聞いたんだ。つらいと思うから無理にとは言えないんだけど。先日俺たちとレナスが行き遇った事故は、その時の状況に似ているらしいんだ」
ジーンの言葉に、ラッテンおばさんは息を呑んだ。
しばらく考えたあと、ぽつりと言った。
「明日はこの店がおやすみなんだよ。おばさんたちはこの店の上に住んでる。主人にも話をして頭を整理しておくよ。レナスにも連絡をとってみよう。明日昼すぎにもう一度来てもらえるかい?」
「願ってもない。それじゃ明日。ごちそうさま、ラッテンおばさん」
ソーレシアとジーンは一旦宿に戻った。
「強い人だね、ラッテンおばさん。つらい思い出だろうに。まだきっと現役だね」
「レナスが今でも洞窟を探っているように、おばさんも見守っているのかもしれないな」
「ジーンちゃん、正体は何だと思う?」
「妖獣や妖魔の匂いはしなかった。毒や石化は魔術にはあるだろうが、人間同士では普通使わねぇだろう。同時に気配のないまま剣も使ってとなると一人の仕業とは考えにくい。でも数人がかりだとここまで気づかれずに動けないだろうな」
「さっぱりわかんなくなっちゃった。ジーンちゃん。敵が人だとしたら、ラッテンおばさんたちが危なくなることはない?葬るつもりだったのに生き残っちゃったってことになるから」
「それは俺も考えた。でも、レナスとラッテンおばさんは一人でいても相当な強者だし、ここまで生きてる。相手はそこまで危険を冒して深追いしてねぇんじゃないかな。あとは俺たちが知らなくてこの洞窟にしかいない妖魔がいるか。酒場にでも行って聞いてみるか」
「賛成!」
二人はそうと決まったらあっという間にゾォドの店の卓についていた。
先日タダ酒を飲めた客たちはすぐに二人を取り囲む。
その中でも話好きそうなおじさんを捕まえてソーレシアは麦酒を一杯おごった。
「おじさん、テダム洞窟の中で気配を消せて毒があって石化の術を使ってくる妖魔って知らない?」
「ソル、わしのことはベンと呼んどくれ。ここの生き字引と言われとるぞ。うむ、石化と毒ならコカトリスとバジリスクだろうな。わしらよく食っとるが。石化ならメドゥーサってのもおるな、頭が蛇で気持ちわるいぞ。気配を消せるのは忍び寄る者じゃろうな。実体がないから厄介じゃが眠らせることはできる。全部を持ち合わせとるものはわしの知る限りおらんな」
酔っぱらっているわりにはベンは博識だった。
「こりゃおとぎ話なんだがな。影獲りって妖魔がいると大昔聞いたことがあるんじゃ。そいつは気配もなく人の影を獲って人と入れ替わるんだ。獲られた人間はいずれは消えちまうが、影獲りの方は影を獲った人の分だけ強くなっていく。毒や石化とは違うがなあ」
一番年を取った客が控えめにそう話してくれた。
ジーンは一瞬怪訝な表情になったが、何も言わなかった。
二人はほどほどに飲んで、みんなに礼を言いまた一杯おごって酒場をあとにした。
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