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最下層にて【一】
神の力と魔玉の効果か、悪気に悩まされることはないまま三人は最下層といわれている地下十二階層へと辿りついた。
「鎧借りててよかったー。湿っぽいし寒いしー」
ソーレシアの言葉は相変わらず軽い。
この場の圧力にはいくら経験を積んでもレナスは慣れることがないが、神の光とともにあるというのはこういうことなのだろうと得心する。
ソーレシアはミディルカーウィトゥスの温かな光を感じた。
ここまで何故妖魔に遭遇しなかったのか、ソーレシアには何となくわかった。
最奥まで続く闇の道がある。
それは日食い獣に遭遇した時にも感じた昏さだ。
あの時よりも圧を感じるから、強さに敏感な強力な妖魔ほど警戒するのだろう。
それでもソーレシアにはあの時ほどの恐怖はない。
ジーンもまた奥に巣食う者の力は感じている。
「レナス、俺が前に出る。ソーレシアを頼む」
レナスが強固な魔術の盾を展開した。
ハンナの張る結界にも似ているが、より小さく分厚い。
実戦の中で培ったものだろう。
位置を変えた一瞬ののち、闇の中にさらに蠢く一層深い闇が膨れ上がった。
それが見えているということは、神々の力はジーンの手の中にある。
闇からは数えきれないほどの刃が突き出ている。
レナスやソーレシアを目掛けて振るわれるそれを、神棍で絡めとり払い落とす。
「影獲り、醜悪な姿だな。間違えるな。おまえの相手は俺だ」
ジーンは闇が音を立てて息を吐くのを見逃さない。
腐臭の濃い煮えたぎった深淵に神棍を突き立てる。
常人ならばその只中にいてはとうに命が尽きているはずだ。
「その程度かよ。涼しいくらいだぞ」
樫の木の強靭さと狼の速さ、力は、ジーンに人ではありえない力を与えている。
影獲りはそれを追い、手当たり次第に刃を振るう。
「人の分際で我に逆らうか。救いのない死を与えよう」
「何の冗談だ。俺は神からとっくに度し難いってありがてぇ言葉をいただいてんだよ」
ジーンの軽口は止まらない。
レナスが愕然とした様子で口を開いた。
「……その声、メルキュール組合長ですか」
ソーレシアが聞きとがめた。
「メルキュールちゃんってやっぱり代表の?」
「いや、今現役のメルキュール組合長。代表の弟です。最大の組合を率いて誰よりもこの街の発展に尽くしてきた人だ。どうしてあなたが」
一部メルキュールの姿をした影獲りは、隙のできたレナスのわき腹を斬りつけた。
顔を歪めたメルキュールはレナスに手を伸ばして確かな知性の残る声で言い残した。
「初めは兄を助けたい一心でおれは力を請い願った。だがそれは大きな間違いだった。レナス、どうかおれを葬ってくれ」
「メルキュール、そんなことをしなくてもあなたは自力でそれを果たせる人なのに」
レナスの悲痛な声が洞窟に響いた。
ソーレシアはすぐにレナスの傷の毒を消し、癒す。
更にソーレシアに斬りかかろうとした影獲りをジーンが神棍で突き飛ばした。
影獲りはその時にはもうメルキュールの姿はしておらず、膨れ上がった闇にすぎない。
人の意識を手放した妖魔は、ひたすらにジーンを襲った。
無数の刃を避け、影獲りを捕らえようとするジーンの神棍の攻防は激しく、洞窟の中には無数の深い穴があき形が変わってしまったほどだ。
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