【第一話】ソーレシアのひっそり旅

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【第一話】ソーレシアのひっそり旅

 ラームロア大陸中央にある大国、ツウェーリグを飛び出してかれこれ一年。 ソーレシアは、ずっと東にあるホルグディムへと辿りついた。 軽くつまづいたりスリに遭ったり、時には崖から転がり落ちたりさらわれ売り飛ばされそうになりながらほうほうのていで。  ホルグディムは、まだ歴史の浅い国だが、自由な国風だ。 未開の土地も多いので、開拓も冒険もし放題の触れ込みで人気が高い。 希望に満ち溢れて入国するはずだったソーレシアは、すでによれよれではあるが。  「あのぅ、こ、こここれでこの国に入れれれますか!!」 ソーレシアは壮絶に噛みながら、役人に鑑札(かんさつ)をさし出した。 鑑札は、身分証明書と他国で商売をする権利書、国境や街の要所を通るための通行手形(つうこうてがた)を兼ねたものである。 「無理だな」 愛想のない役人は、ソーレシアを上から下までじろりと眺めた。 小枝や葉っぱが絡まってはいるが、きちんと洗えば黒髪だろう。 十歳ほどに見える、頼りない小柄さ。 生まれたての小鹿のように足が震えている。 役人は、ソーレシアに札を突き返した。 「ひゃぁああああああ」 「おかしな声を上げるな!何事かと思われるだろうが!落ち着いて見ろ。それは市場のお買い得券だ」 「あ」  ソーレシアは、愛用の腹巻に手を突っ込んだ。 そこにある。 きっとある。 多分ある。 だが、ない。 どんな目に遭っても肌身離さず持っていた大事な札なのに。  「ソーレシアよ。何が起こった」 厳かな(こえ)はするが、姿は見えない。 役人は、気味悪そうに辺りを見回す。 「あ、みっちゃん」 「威厳のかけらもない呼び名は不本意である。我が名はミディルカーウィトゥス」 「みっちゃん助けて!」 「(かそ)けき光の神に対する態度がなっておらぬぞソーレシア」  「か、神?」 役人の戸惑いはもっともだ。 「はい、私は神官なんです。みっちゃんは私に力を貸してくれる神さまです」 この大陸には数百万といわれる神が存在する。 実際に、である。 力の差こそあれ、神は神。 役人は、どちらかといえば信心深いほうだ。 しかし、それはそれ、これはこれ。  「鑑札がなければ密入国ということになる」 役人の言葉は正しい。 「確かに、確かにここにあったんです!」 「きっとそうだろうな。でもない。他国ならばどのような理由があってもここを通すわけにはいかぬ。だが、ここは新しき希望の国ホルグディムだ」 ソーレシアはぱっと顔を上げて、役人を見た。 光の加減で何色にも見えるきらっきらの瞳だった。 役人はたじろいだ。
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