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第1話 桜吹雪
ピアノから流れ出る音符が、桜吹雪のように俺を圧倒する。一文字進(いちもんじ すすむ)は息が出来なかった。
なんだこれは。まるで映画のワンシーンに入り込んだみたいだ。VRどころじゃない。ピアノって決まった曲を弾くものだと思ってた。こんなにいろんなメロディを繋げて速くなったり遅くなったり自在に音符が飛んでくる。あの子、まるで鍵盤の魔術師だな。
そのピアノの演奏は、まず『独唱さくら』のサビから入った。次いで落ち着いたアドリブ。目の前で桜の木がアップになる。風景描写に引きが入り、やがて石垣が見え始める、メロディは『荒城の月』をモダンにしたアップテンポ、そのままケツメイシの『さくら』になった、そして転調、一気に和音階。高音から一気に低音へピアノが流れ、桜の花びらが風に舞う。テンポは速い、加速して散り行く花びら、地面に近づくにつれ、メロディもゆっくりになり、グリッサンドの後、最後に単音の連打で曲は終わった。
進は演奏していた三郷摩耶(さんごう まや)が椅子から立ち上がるガタンと言う音で現実世界に引き戻された。入学して初めての音楽の授業、音楽教室での出来事だ。三郷さんって言ったっけ、確か、同じクラスの筈だ。教壇では音楽担当の教師、篠千早(しの ちはや)先生が声を上げる。
「はい、有難う摩耶ちゃん。摩耶ちゃんは何を表現したかったのかって、聞くのは野暮だけど、摩耶ちゃんの描いた風景がみんなにも伝わったんじゃないかな。先生にはドローンで撮影したような、ダイナミックな桜の風景がグイグイ迫ってきました。最後はドローンは高度を下げてきっと桜の木の根元に着陸して、自らが花びらを浴びていたように思ったけど、そんな感じかな」
「はい、時代もちょっと戻したり進めたり考えました」
「なるほど、期待通りだわ。ね、音楽って素敵でしょ。みなさんも自分を表現出来る何かを見つけ、実際に表現することを、この1年間の課題にします」
授業が終わり、生徒たちが次々出て行く階段教室で、進は座ったまま溜息しか出なかった。特段音楽に興味があった訳ではない。書道や美術に較べ、道具がないし、歌えりゃいいから楽そうだと思っただけだ。だから初めての授業の冒頭に先生が言った事には面食らった。
「音楽って教科書はあるけど、あんまり気にしないで、音を通して気持ちを伝えることを主にやっていきたいと思います。自分で見つけて自分で表現するのよ。まあ、この中には将来音楽の道に進みたいと思っている人もいるかも知れませんから、そう言う人にはそれに合わせたアドバイスも行っていきますし、そうでない人にはそれなりのアドバイスをします。じゃ、そう言う事で、初めにね、ほら、窓の外の春の景色、みんなこれを見て何を思いますか?それぞれの大切な人に何を伝えたいと思いますか?これを表現してもらおうかな。じゃ、早速、三郷摩耶ちゃん。摩耶ちゃんは軽音楽部で唯一の1年生だし、訳あって先生は以前から知ってるんだ。摩耶ちゃんよろしくね」
千早先生は摩耶をいきなり指名し、その結果があの演奏だったのだ。はぁ…、ようやく立ち上がった進はトボトボと音楽室を出る。高校って…すげぇとこだ…。進は独り言ちた。
一方、演奏した摩耶は、音楽室を出て、同じ中学から進学した仲良しの朱華杏(はねず あん)と肩を並べて廊下を歩いていた。
「ホントに先生、摩耶の事知ってたんだ」
「だよ。知ってたって言っても偶然なんだけどね」
摩耶はほんの3週間前の事を思い起こした。中学校を卒業し、高校入学までの間の春休み、楽器店での出来事だった。
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