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血と黙
車の窓から見える海は、青より青い青だった。
南風に揺れる若葉の緑、道路に転がるデイゴの赤、真上に登った太陽の白さに、三池翔は思わず目を細める。
「どうだ?何とかやれそうか?」飯塚は言い、運転席から声を掛けた。「内場さん、良い人だったろ?」
「どうだか」
内場はこれから世話になる農場のオーナーだった。七十を過ぎても自ら畑仕事に出ている現役の農家で、NPО活動を通じて飯塚とは知り合いになったらしい。
「とにかく、面倒は起こすな。ムショに逆戻りなんてしたくないだろ?」
「それは、向こうの出方次第だろ」
そう言った三池を飯塚は呆れたように見た。その皺だらけの目元、右眼の下には十㎝ほどの刀傷があった。
「やられたら、やりかえす。そうじゃなきゃ男じゃねえ」
三池は飲み屋で絡んできた男を殴り、懲役三年の実刑を受けた。出所した時、三池は二十五歳になっていた。たった三年の別荘暮らしでも、世界は確実に回り続け、三池一人を井の中に置き去りにした。取り巻いていた女達は居なくなり、仲良くしてた奴等も消え、自分の居場所には別の後釜が、当たり前の顔をして収まっていた。
「同居人とは仲良くしろよ」
「そいつは?」
「二十四歳、大人しい子だよ」
「何をやった?」
「まあ、とにかく仲良くな。何か起きたら俺の所に連絡してくれ」飯塚はそう言い、明らかに三池の言葉を無視した。「ここでもう一編、自分を見つめ直せ。真人間になるんだよ。そうでなきゃ、俺がお前をぶっ殺してやる」
「地が出たなおっさん」三池は笑う。「その方が威勢があっていいぜ、クソじじい」
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