血と黙

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 島の初日、仕事もないので三池はトラックを拾って漁港に行き、開いていた大衆食堂に入った。 「あんた、本土の人でしょ?」と、女将は聞いてきた。 「そう、今日来たばかり」三池はカウンター席に座る。「お勧めは?」 「メニューの赤字のとこみて、それがお勧めよ」  三池はメニュー表に目を落とした。赤字で大きくお勧めが表示してあった。 「今日は何が美味い?」 「そうね、今日ならチャンプルー定食かな。朝、活きの良い島タコを仕入れたんだよ」 「じゃあ、それで」と、三池は言った。  定食屋を出て、歩いて海へ。三池は砂浜に腰を下ろし、何をするでもなく海を眺めた。寄せては返す波、水面を跳ねる魚の銀色の鱗。どこまでも長閑だった。どこまでも穏やかだった。番号で呼ばれる生活とも、拳が潰れるような毎日とも、背中を見せてはいけない生き方ともまるで違う世界が、そこにはあった。
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