血と黙

8/14
前へ
/14ページ
次へ
 その日の夜、久しぶりに妹から電話があった。妹は妊娠五か月目、近々引っ越しを控えていた。 「大丈夫か?」と、三池は言った。 「うん、私も赤ちゃんも元気だよ」 「ならいいんだ」  独立した妹の杏は仕事先の常連客と結婚、妊娠するが男は暴力を振るうようになった。妹は着の身着のままでシェルターに逃げた。男は妹をどこまでも追いかけてきた。脅迫、暴行、誘拐未遂。警察にも相談し、離婚準備を始めていた。引っ越し先は、けして男に知られてはいけなかった。 「お兄ちゃんはどう?そっちでの生活は?」 「上手くやってるよ」 「そう」と、妹は言った。「飯塚さんからは、その、話は聞いてないの?」 「何の話だ?」  妹は沈黙した。三池は次にどんな言葉が来るのか分かった気がした。 「お父さんね、死んじゃったんだって」と、妹は言った。「布団の中でね、冷たくなってたんだって」 「そうか、清々した」 「そうね」と、妹は言った。「職場の人がね、葬式を出してくれるんだって」 「出る気か?」 「あんなんでもお父さんだしね」 「お前が行きたいなら、俺は止めねえよ」 「お骨は、どうしたらいいと思う?」 「そんなもん無縁仏か、ドブにでも捨てとけよ」  電話の向こう、耳鳴りのような沈黙が聞こえた。 「じゃあね、お兄ちゃん。また電話する。元気でね」
/14ページ

最初のコメントを投稿しよう!

23人が本棚に入れています
本棚に追加