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その日の夜、久しぶりに妹から電話があった。妹は妊娠五か月目、近々引っ越しを控えていた。
「大丈夫か?」と、三池は言った。
「うん、私も赤ちゃんも元気だよ」
「ならいいんだ」
独立した妹の杏は仕事先の常連客と結婚、妊娠するが男は暴力を振るうようになった。妹は着の身着のままでシェルターに逃げた。男は妹をどこまでも追いかけてきた。脅迫、暴行、誘拐未遂。警察にも相談し、離婚準備を始めていた。引っ越し先は、けして男に知られてはいけなかった。
「お兄ちゃんはどう?そっちでの生活は?」
「上手くやってるよ」
「そう」と、妹は言った。「飯塚さんからは、その、話は聞いてないの?」
「何の話だ?」
妹は沈黙した。三池は次にどんな言葉が来るのか分かった気がした。
「お父さんね、死んじゃったんだって」と、妹は言った。「布団の中でね、冷たくなってたんだって」
「そうか、清々した」
「そうね」と、妹は言った。「職場の人がね、葬式を出してくれるんだって」
「出る気か?」
「あんなんでもお父さんだしね」
「お前が行きたいなら、俺は止めねえよ」
「お骨は、どうしたらいいと思う?」
「そんなもん無縁仏か、ドブにでも捨てとけよ」
電話の向こう、耳鳴りのような沈黙が聞こえた。
「じゃあね、お兄ちゃん。また電話する。元気でね」
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