血と黙

1/14
前へ
/14ページ
次へ

血と黙

     車の窓から見える海は、青より青い青だった。  南風に揺れる若葉の緑、道路に転がるデイゴの赤、真上に登った太陽の白さに、三池翔は思わず目を細める。 「どうだ?何とかやれそうか?」飯塚は言い、運転席から声を掛けた。「内場さん、良い人だったろ?」 「どうだか」  内場はこれから世話になる農場のオーナーだった。七十を過ぎても自ら畑仕事に出ている現役の農家で、NPО活動を通じて飯塚とは知り合いになったらしい。 「とにかく、面倒は起こすな。ムショに逆戻りなんてしたくないだろ?」 「それは、向こうの出方次第だろ」  そう言った三池を飯塚は呆れたように見た。その皺だらけの目元、右眼の下には十㎝ほどの刀傷があった。 「やられたら、やりかえす。そうじゃなきゃ男じゃねえ」  三池は飲み屋で絡んできた男を殴り、懲役三年の実刑を受けた。出所した時、三池は二十五歳になっていた。たった三年の別荘暮らしでも、世界は確実に回り続け、三池一人を井の中に置き去りにした。取り巻いていた女達は居なくなり、仲良くしてた奴等も消え、自分の居場所には別の後釜が、当たり前の顔をして収まっていた。 「同居人とは仲良くしろよ」 「そいつは?」 「二十四歳、大人しい子だよ」 「何をやった?」 「まあ、とにかく仲良くな。何か起きたら俺の所に連絡してくれ」飯塚はそう言い、明らかに三池の言葉を無視した。「ここでもう一編、自分を見つめ直せ。真人間になるんだよ。そうでなきゃ、俺がお前をぶっ殺してやる」 「地が出たなおっさん」三池は笑う。「その方が威勢があっていいぜ、クソじじい」
/14ページ

最初のコメントを投稿しよう!

23人が本棚に入れています
本棚に追加