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「ゆに、何かあった?」
里美の突然の質問に、ゆにはドキリとした。
「え?…何もないけど」
ゆには、里美の方へは顔を向けずに答えた。
「…そう」
里美はどこか納得していない顔で、ゆにを見詰めている。
見られている。顔は向けずとも、視線に気付いたゆには、里美に背中を向けた。そしてその足は、廊下をゆっくりと歩き出した。
遠ざかる我が子の背中を、里美は黙って見詰めた。
いつもと違った。里美はゆにの僅かな変化に気付いたようだ。それは母親ならば当たり前なのかもしれない。あの時もそうだ。
ゆにが中学生の頃、その異変に気付いた。急に俯く事が多くなった娘の変化に、里美は直ぐに気付いたのだ。何かあった?投げ掛けた自分の言葉に、ゆには首を横に振った。何度も聞いたが、ゆにの首は一度も縦に動く事はなかったのだ。
気付いたのは父親の剛も一緒だった。二人で話し合い、ゆにには内緒で、学校に相談しに行った際に、初めて娘が部活を辞めている事に気付いたのだ。
里美のパートが休みの日。ゆにはいつもと変わらぬ時間で帰ってきていた。部活をやり終えて、
帰宅していたのと変わらね時間だったのだ。
部活をしないで、何をして帰ってきているのか。あんなに大好きだったバスケットボールを、自分の意志で辞めたとは思えない。里美はそう思った。そして、ゆにには気付かれずに、学校に何度も話をしに行く最中、ゆにが虐めにあっていた事を、知ったのだ。
学校は直ぐに動いてくれた。虐めをしていた生徒は、バスケ部の生徒だけで、クラスメートにはいなかった。だから、クラスの担任は気付かなかったのだと、里美に謝罪した。
そしてゆにに気付かれる事なく、虐めは終わった。それは里美の願いだった。注目を浴びせ、これ以上、娘に辛い思いをさせたくない。里美は一心にそう思った。だからゆににもその話題を一切振らなかったのだ。
これがゆにが知らない真実である。
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