128人が本棚に入れています
本棚に追加
「残念ながら、知らないわ」
そう応じたが、モチズリ建築との合併案が議論されることはわかっていた。野村会長が導入した盗聴システムで合併計画が進んでいるのを聞いていたからだ。そのシステムは管理職や営業、現場監督に貸与しているモバイル端末に内蔵されていて、音声を感知すると自動的に録音を開始し、データが一定量を超えるとクラウドに送っている。そこに集積されたデータを確認し、会社の経営、とくに社長の地位を脅かしかねない問題に気づいた時、会長に報告するのが美智に与えられた特命だった。
ひと月ほど前、美智は、野村社長が建設族議員の畑中栄造の私設秘書、高野須芳徳とコンサルタント契約を交わしたのを聞いた。モチズリ建築との合併の仲介と、地方創世交付金を利用して移転する企業の建築工事を斡旋するというものだ。その工事によって得られる利益の一部を、高野須のコンサルタント事務所を経由して畑中に提供するという迂回献金の条件付きだ。
美智の報告を聞いた会長は渋い表情をつくったが、いつの間にか合併計画を受け入れたものらしい。5日ほど前、盗聴システムは『合併はNOMURA建設が主導する』と根回しする会長の声を録音していた。
最初のコメントを投稿しよう!