謎の3億円

8/14
前へ
/70ページ
次へ
その夜、美智はクラウド上にある会長の声を聞いた。役員会での発言だ。 『独立自尊。それが私のモットーだが、そうはいかなくなった。それもこれも、我が社が大きくなり、地域経済の一角を担っているからだ。世間の期待は大きい。ありがたいことだと思う。……そこで今年度、NOMURA建設はモチズリ建築と合併し、大幅に事業エリアを拡大する。すでに社長がレールを敷き、走り出している』 会長は、自分の意思に反して合併話を進めた息子を持上げるように話していた。重大発表ではあったが、晶乃以外は承知していることで、その場がざわつくことはなかった。 『私は地域と品質を重視し、保守的な経営に勤めてきた。しかし、シェアハウスの取得と、それに付随する〝らくらく安全システム〟の能力を知るにつけ、ただ保守的ではならないと思うに至った。これからの建築物は、電子機器に象徴される新しい技術を取り入れることで、これまで以上に人々の利便性と幸福に寄与できるだろう。 シェアハウスの取得によって我が社は、新しい技術に加えて地域住民の信用を勝ち得たと確信している。それは金融機関の信用あればこそだが、借入金の増加で経営基盤が弱まったと見る者がいるのも確かだ。そこで今般、3億円の増資を行う。私なりに長期的な経営の安定を考えてのことだ。色々と意見もあるだろうが、私を信じて承認してほしい』 会長の決意に異議を唱える者はなく、全ての議案が承認されて役員会は終了した。
/70ページ

最初のコメントを投稿しよう!

128人が本棚に入れています
本棚に追加