謎の3億円

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会長と社長が席を立った後になって、役員たちは、会長に訊けなかったことを三井に訊いた。彼らの中には、株の分配を期待する向きもあった。困惑した三井は、事実ではなく推理を並べてその場を取り繕っていた。 突然の増資に驚きながらも反対する者がいないのは、経営陣の危機感のなさか、あるいは会長に対する絶対的な信頼か……。美智は爪を噛んだ。役員会の様子を聞き終えた後は、社長の息子の勇太郎や娘の容子らの音声に注意を払った。彼らも増資の件には驚いていており、3億円の出どころは知らないようだった。 三井が予想していた通り、翌日には社員の間に合併のうわさが広がった。社員の関心事は増資のことではなく、合併によって社長が誰になり、自分の立場はどうなるのかということだ。 「みっちゃん、モチズリと合併するって本当なの?」 「みっちゃん、聞いた? ウチの会社、大丈夫なのかなぁ」 朝から、様々な部署の社員が訪ねてきた。その中には、滅多に顔を見せない設計課の女子社員もいた。彼女、彼等が訊くことは同じだった。 「会長がいるから、大丈夫だと思いますよ」 美智は、誰に何を訊かれても同じように応えた。 「みっちゃんがそう言うなら、大丈夫なんだろうな」 安堵の表情を浮かべて帰る者もいれば、不安の表情のままの者もいた。それは、美智にはどうしようもないことだ。 「美智さん、今日はチョー人気占い師みたいですね」 桃香が美智をからかった。 「普段は不人気なのにね」 美智は自虐的に応じた。それが嫌味に聞こえたのだろう。桃香は顔を曇らせた。 「なんだかんだ言って、みっちゃんは信頼されているんだよ」 対面の二宮の評価に、美智の胸がほんのり温まる。
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