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【見せてはいけない写真】
ドアについたチャイムが鳴って、来客を知らせました。
「いらっしゃいませ」
私は読んでいた本を閉じ立ち上がります、いらしたのは常連中の常連、相原良太さまです。
元は私の師匠のお客様でした。ですが私が独立した折に師匠の紹介もあって、開店当初から懇意にしていただいています。
お若いのに飲食店を何店舗の経営していらっしゃる方です、人前で話す機会も多いそうです、スーツなんてどれも同じに見えるけど、あいつまた同じ服とか思われたくないじゃんと笑っていらっしゃいました。
今日もビシッと三つ揃いのスーツに身を包んでいます、黒縁メガネの奥の人懐っこい瞳が微笑みます。
「ごめんねぇ、今日はスラックスの裾の直しをお願いしたいんだ」
そう言って、腕にかけていた数本をスラックスを作業台に置きます。
「承ります」
私は伝票を出しながらそちらへ向かいました。
スラックスを確認します、長身の相原さまです、スラックスも他の方と比べるととても長くて、慣れた私でも驚いてしまいます。
確かに踵のあたりが擦り切れ始めています。そう、たびたび買いに来てくださいますが、どれも丁寧に、長く着てくださっているのです。
「1週間ほどで直せると思いますが」
「うん、急いでないから、全然大丈夫。出来上がったら電話もらえますか?」
念のためお電話番号も確認し、お代も先払いでとおっしゃるので会計をします。
レジに打ち込んでいると、そちらにいらした相原さまが「へえ」と声を上げました。
「これは凄いな」
なんでしょう、視線を追って「あ」と声が漏れてしまいました。
先日届いた写真です。
ウェディングドレスを作ると時折お礼の手紙とともに式のお写真をいただくことがあるのですが……その親族の集合写真には、「黒い影」と「ふたりの花嫁」が写っているのです。
「あの……これが見えますか?」
「あ、なんだ、藤宮さんも見えてるのか」
相原さまは、いつも通りの優しい笑みで、にこりと微笑みます。
「知ってて飾ってるのは、いい度胸だな。まあ、むしろ守護霊的な感じだから気にならないのか。でもそれが判らずに見える人が見たら、卒倒するんじゃないか? それくらいの迫力だね」
やはり、相原さまにも「それ」が見えているのです、しかもその写真から何か読み取ることもできるようです。私も恐怖心は感じなかったので、飾っておりましたが……。
「やはり、しまったほうがいいですか?」
「どうして飾りたいならご自分の部屋とかがいいかもですね、もっと見えない場所に貼るか」
「そう致します」
恐らく親族の皆様も、恐らく新郎新婦も気付いていないのならば大丈夫だろうと思ったのですが……その通りです、せめて他のお写真を重ねて、「黒い影」くらい隠しましょう。
「でも花嫁がふたり? お若いから、実の子ってことじゃなさそうだけど、同じ衣装で並ぶほどの関係って」
「はい、双子の姉妹で、おひとりはお腹の中で亡くなっていたと聞きました」
「そっか」
相原さまは、ぼんやりと透けて見える花嫁を、指先で触れました。
「ひとりで逝くのが辛かったか。でも大丈夫、未練はない、きっと彼女を死ぬまで守り続けるだろう」
私は頷いていました。
「相原さまは、この手の事がお得意なのですか?」
心霊現象とか言われるものの事です。相原さまはにこりと微笑まれます。
「本当かどうか知りませんが、ご先祖様は代々、陰陽師とか霊媒師とか呼ばれる仕事をしてきたらしいですよ。一応、家は弟が継ぐ事になって、なんかよく判らない呪文を唱えてます」
そうでしたか……! 本当かどうかとはおっしゃいますが、お写真から感じられたことは間違いないと思います、きっと本当だったのでしょう。
「ああ……ウェディングドレス……」
相原さまが呟きます。
「そっか、藤宮さん、ウェディングドレスも作るのか」
「はい、承っております」
「実は、俺さ、京都に結婚式場作って」
これまた、手広く事業を展開していらっしゃいます。
「専属のモデルも頼んだんだけど、まあ、その子が不~二子ちゃ~んもびっくりなナイスバディでさ」
「そうなのですか」
妖艶なアニメキャラが脳裏に蘇ります。
「そうなんだよ。で、既成のドレスが、まあ合わないんだわ。仕方ないから胸に合わせるんだけど、撮影ん時は、いつもウエストは洗濯ばさみで留めてて、それじゃあデザインが、ってことも多々あるわけ」
「そうですねぇ」
単に洗濯ばさみで絞っては、確かに残念な結果になりそうです。
「あ、写真があったなあ……」
相原さまはジャケットの内ポケットからスマートフォンをお出しになり、探し始めました。
「藤宮さん、よかったら、うちの専属アパレルになってよ」
探しながらおっしゃいます。
「──はい?」
「いや、既製品も入れるんで、市内のドレス屋と契約は済ませてるんですけど。それとは別にうちのプライベートブランドもあるってのもよくない?」
「え……ええ、いいかも……ですが」
「デザインもやるの? じゃあ、自由に作ってもらっていいんで。俺も考えますし。金は必要な分だけ請求してください、善処しますから」
「いえ、あの、専属、ですか?」
「うん。あ、そうは言っても京都に移住なんてなくていいよ、お店はここで、今まで通り営業はしてもらって。大丈夫、モデルも横浜在住だから採寸はここへ来るよ。ドレスだってそんなに何度も作らないし、年間に、3、4? そんなもんかな。人気出たら判りませんけど」
「……はあ」
人生の晴れ舞台のオリジナルブランドですか……大役に気が引けましたが、にわかに期待も湧いてきました。
「ご期待に添えられるか判りませんが……これも何かもご縁です、お受けしてもよろしいでしょうか」
「もちろんです」
相原さまは、これまた極上の笑みを浮かべて首肯なさいます。
「あ、これだ。どう、美人でしょ」
差し出されたスマートフォンを覗き込みました。
確かに大変お奇麗な金髪の女性がウェディングドレス姿で立っています。視線はこちらを見ていません、おそらく他のカメラで撮っている最中を脇から撮ったのでしょう。ええ、脇腹に赤い洗濯ばさみが見えます、豊かなバストに思い切りよくしまったウエストが印象的です、小さければ入らない、だから大きなサイズを着た結果でしょう。体型は日本人離れしていると言えます、金髪ですから異国の血が入っているのでしょうか。
しかしこれでは折角のドレスが台無しです。もちろんカメラに写らない角度なのでしょうが……毎回これではドレスも女性も可哀そうです。
「気に入りました? あ、でも駄目ですよ、もう既婚者なんで、手を出しちゃ」
「き、気に入ったのは、女性ではありませんっ」
念のため、強めに誤解を解いておきます。
「判りました、私にドレスを作らせてください」
私は答えていました。
なにやら大きな仕事を引き受けてしまいました。モデル様用と、それを花嫁様が希望されたら作成する約束になりました。
お客様の意向無しに作る経験は、学生時代のみです。私に務まるでしょうか……しかし花嫁の皆様のお手伝いができるのならば、それはまた本望です。
皆様のハレノヒの笑顔がさらに輝くよう、精いっぱいお仕事をいたしましょう。
私が作った服が皆さまの門出を鮮やかに彩れるよう、願っております。
終
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