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到着したその日は、ちょうど土用の丑の日に当たっていた。
同居しているお嫁さんが、近所のうなぎ屋から店屋もんをとった。久しぶりに集まった家族が座卓を囲み、縁起物のひつまぶしをいただいた。
「拓哉、東京はどないや?」
胡座をかいたじいちゃんは上機嫌な様子で熱燗をちびりちびりとやっている。
「別に……」
別に──
自分は好き好んで東京へ行ったわけじゃない。父親の身勝手でこうなったんだ。
ふつふつとした感情を腹の中に押し込め、僕は黙々とウナギを頬張った。
じいちゃんは酒のあてにうなぎに口をつける。
だが、食は進まないのか、そのほとんどを残したまま箸を置いてしまった。
「おとん、食べられへんのやったら無理せんでもええぞ」おじさんは言った。
もともと瘦せていた。久しぶりに会ったじいちゃんは、骨と皮しかないように見えた。
「せやな」
それだけ言うとじいちゃんはさりげなく重箱を拓哉の前に置く。
「拓哉あんたが食べ」
母親が命令口調で言った。
「まじ? オレ、食われへんけど」僕はぶっきらぼうに返した。
「拓哉!せっかくのご馳走なんだから、ありがたく頂くのが礼儀だろ」
「まぁまぁ良子さん、うなぎなんぞ、そないにたくさん食われへん。じいちゃんが悪かった」
しわくちゃの笑顔を浮かべたじいちゃんは、酒をくいっと飲む。
「お義父さん《おとうさん》すみません」
おかんは僕を睨み付けた。
家族全員が妙に気を使い合う。いたたまれなくなった僕は残りのうな重を掻き込んむと席を立った。
「ごちそうさん」
これが家ならすぐにでも自分の部屋に籠る。籠る場所がないから、仕方なしに店に出た。
「お義父さん、すみません」おかんが謝っている声が聞こえてきた。
「一事が万事あんな調子や」無口なおとんが口を開く。
「かまへん、かまへん年頃の男子は、皆あんなんちゃうか」じいちゃんはおおらかに言った。
僕は店のカウンターにふせった。
のれんの向こうで大人たちの会話がぼそぼそと聞こえてくる。
「まったく問題ばかりや。拓哉の受験もあるさかいに、単身赴任も考えとる」
中学の途中でいきなりの転職。
家族で見知らぬ土地に移り住んだ。
挙げ句、僕は新しい環境に馴染めず、不登校に陥った。
勝手にしやがれ──
店と母屋を繋ぐドアを勢いよく閉め、大人たちを遮断した。
カウンターに頬つけ寝そべる
不意に視線を感じた。
じいちゃんの撮った花嫁が笑いかけていた。
店の名は近藤写真館。
近藤家は代々写真屋を営んでいる。
三台目がじいちゃん。おじさんが四台目になる。
建屋は大正時代に建てられた当時としては最先端の西洋式建築だった。今では街の文化遺産になっている。
増築された住居部分は昭和の中頃にじいちゃんが建て直したものだ。これもたいがい古い。
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