土用のうなぎ

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 帰り道、僕らは鵯山にある安斎寺を訪ねた。  首にタオルを巻き、辛子色の作務衣を着た住職が出迎えた 「近ちゃん先月の法要の時より太ったんちゃうの?」と住職は親しげにじいちゃんに話しかける。   「ほんまかいな。変な気い使わんでよろしいがな。住職こそ痩せたんちゃうか? さては、さては、住職こっちか?」  じいちゃんは何かの合図みたいに小指を立てた。  年寄り二人は冗談を言い合いゲラゲラと笑う。 「わしの身体もあっちこっちとガタがきとる、そろそろ身体を置いていかなあかん。その時がきたら、住職にお願いしようと思うてな、こうして挨拶に来させてもうろうたわけや」  その時って……?  僕は何もかもが急にぼんやりしたように感じた。 「近ちゃんそないに焦らんでも、まだまだ、お迎えには早いわ」住職は豪快に笑い飛ばす。「それで、例のあれは?」と、急に真面目な顔をして言った。  おじさんは持ってきたアルミ缶を厳かに差し出す。 「えらいこっちゃ、ごっつい増えましたな」  住職はアルミ缶の重さを手で計りながら言った。 「夕べ、おっきい兄ちゃん来はったな?」安斎住職はどういうわけか僕を見て言った。  はっ?  その迫力に押され、僕は小さく頷いた。  大人たちは拓哉を見て驚いた顔をした。  住職は豪快に笑う。 「千吉さんが、うなぎがうまかったと。それから、うちの拓哉をよろしゅうとわしに話しかけてますぞ、ほら、君の後ろから頭を下げとる」  僕は後ろを振り返るが、あるのは本堂を支える柱と広い空間だけだった。 「──さて、さて、千吉さんに、迷える魂の道案内をしてもらおうかの。拓哉君にも手伝どうてもらおうか」  僕は住職の言われた通りアルミ缶の中から写真を取り出すと畳の上に並べ始めた。  おじさん、おばさん、おとんにおかんにも手伝ってもらい、皆で並べる。  心霊写真は本堂の半分の面積を占めた。  住職は仏像の前に座ると経をあげる。それはまるで長い長い歌を聴いているかのようだった。    大人たちは目を伏せて手を合わせている。僕もなんとなくだが手を合わせてみた。  じいちゃんのおっきい兄ちゃん、近くにいるんやろうか……  僕は香の立ち込める煙を追いかけるように本堂を見回した。  蝋燭の先に鈍く光るご本尊。  柱は丸く太く、綺麗な布が巻かれていた。夏の輝きを反射する障子。  お経に共鳴するがごとく蝉が鳴いている。  僕の視線はさ迷いながら再びじいちゃんへと戻った。丸めた背中はカッターシャツの上からでもはっきりわかるくらい背骨が浮き出ている。まるで理科室にある骸骨標本みたいだった。  お経が終わりタクヤは写真を集めた。 「この写真、この後は……」  僕の尻すぼみの質問に住職はこう答えた。 「このあとは夜になったらお焚きあげをして、焼いてしまうのや。それで大概は成仏なさる」  僕が拾おうとした一枚に向かって住職が言い放った。 「それはあかん」  驚いて手を引っ込めた。  じいちゃんが悪いと言った水に映る女の写真だった。  僕はじいちゃんを見た。 「言った通りやろう」と、じいちゃんはどうだと言わんばかりだ。 「近ちゃんこれはたちが悪い」そう言って住職は少し考えた。「盆明けの早いうちに孫娘と徐霊に出向くかの」  チリン……  と鈴が一つ、返事をするかのように鳴った。  
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