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長い夏が終わり──
秋が駆け抜けた。
新年を目前に、じいちゃんはあの世へ旅立った。
通夜は神戸の写真館で執り行うことになった。
大勢の人がじいちゃんを見送るために参列した。
お経をあげた安斎寺の住職が帰ったあとも、焼香だけでもと、知人や写真館のお客さんたちがお参りにやってきた。
「おじい様には家族で大変お世話になりました」一人の女性が僕に話しかけた。「一言お礼が言いたくて……お店に飾っていただいている花嫁の写真、あれ、亡くなった私の娘のなんです。おじいさ様にそれは、それは綺麗に撮っていただいて」
ご婦人の娘さんは乳癌を患い、実際にはお嫁にいけなかったのだという。
「お宮参り、七五三、入学式……近藤さんには娘の思い出をたくさん撮っていただいた」
女性だけじゃなかった。
ご近所さんたちがじいちゃんに撮ってもらったという写真を持ち寄った。
五年前も
十年前も
二十年前も
写真は色あせることなく綺麗なまま。
不意に祭壇のろうそくがポッポッポッと揺れた。
僕にはじいちゃんが笑っているように思えた。
夜更け──
線香を絶やさぬよう寝ずの番をしていると、親戚たちと一緒に酒を飲んでいたおとんが、僕のところへやってきた。
「拓哉、明日も早いからそろそろ寝たほうがええぞ」
僕は返事をする代わりに写真館を見回した。
赤子、園児、学生、新郎新婦、家族、老夫婦──
じいちゃんが撮った写真は皆いい顔をしている。
「おとん……」
「なんや?」
あの心霊写真は──
棚にあるアルミ缶は誰が引き継ぐ?
「写真屋、継いだらあかんやろか?」
「いきなりどうした?」
「オレがここで修行さしてもらったらあかんか?」
「このご時世、町の写真屋なんぞ先細りだぞ。甘い考えではとてもとても」
おとんは腕を組んだ。
「オレ……夏が終わってからずっと考えとった」
今夜、僕は自分の気持ちがはっきりと分かった。
「おとん……、あれを見ろ。壁にあるたくさんの写真。じいちゃんが一生かけて、人の生きた証を撮ったんだ。尊いことやと思った。オレもやってみたい。オレも人の心に残る仕事がしてみたい」
泣くつもりなんかなかった。だけど、どうしても我慢できずに涙が溢れ出す。
おとんの目にもうっすらと涙が滲む。うんうんと頷き、それから条件があると言った。
「拓哉、高校だけはいってくれ。いいな」
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