王都

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「そうだ。アイナここで売るのは例の香油以外にすること」 「分かっていますよ」  アイナはラウレンスを抱きしめる。 「私が香油を他の男に売る姿は見たくないのですよね」 「ああ、だが作るのは構わないぞ?」  アイナが首を傾げれば、ラウレンスは耳元で囁く。 「アイナの乱れる姿が見たい」 「へ?」  アイナが抱きつく腕から力を抜けば、ラウレンスが優しく口づけをして笑う。 「冗談だ。香油などいらない」 「は、はい」  ポカンと口を開くアイナの唇を再度ラウレンスの唇が覆う。  優しく優しく包まれた唇は激しさを増し、奥へ奥へと柔らかい感触が広がっていく。  アイナはそれだけで体の芯が火照らされていく。 「愛している」  耳元で低く響くその声にアイナは声も出ない。  甘く吐息を漏らして、徐々に落とされていく唇の感触にただ身を任せた。  ラウレンスはアイナの事を抱き上げると、店の奥の住居部分へと連れて行く。  その間も止むことはない快楽にアイナは溺れていった。  カランカランと鐘の音が小さく鳴り、二人は我に帰り身を離した。  店へと顔を出せば、レンブラントがヘインと、カレルを連れてやってきていた。  手には上等な酒が握られている。 「催淫効果のある香油はあるか?」  レンブラントが冗談めいてその言葉を発すれば、ラウレンスは顔を真っ赤にさせて、レンブラントに背を向けた。 「ダメですよ。レンブラント様。その話は」  ヘインは笑っている口元を隠しながら、レンブラントの影に隠れている。 「ラウレンス今日は飲むぞ! ヘインは護衛だから飲めんがな!」  ラウレンスは頭を抱えながら、頷いた。  男同士で盛り上がってきているところをアイナはこっそりと森へと入る。そして、いつもやっていた薬草を適当に積み始める。 「王都の野草はやはり違うのね」  アイナは旅路の途中ではゆっくりと見られなかった薬草に感動しながら慣れない地理に苦戦しつつも、花籠の中は薬草にまみれていた。 「カレル。そんなところいないで手伝って!」  カレルはずっと護衛騎士としてアイナから目を離さずくっついてきていた。  アイナはカレルに花かごをひとつもっていってほしかったのだ。    そこでカレルが来て、渋々村にいたときのように荷物待ちにさせた。 「アイナ。なあ婚約者って複数人いてもいいらしいよ。増やす気はないのかい?」 「は? 婚約者が二人? んー。ないかな私ラウレンス意外は考えられないから」 「そっか……まあ王都の我が家に来てごらん。おもてなしするよ!」 「ありがとうカレルー。」  少し肩を落としながらカレルが答えるが、そのうちカレルの本邸に行って挨拶してみようと思うのだ。  アイナが話し込む男たちの横を通って店の奥へと薬を置きに行こうとすると酔いはじめているレンブラントがいる。 「んー。私だったらアイナを宮廷薬師にして、やりたい事をとことんやらせてあげられるのにな。選ぶのはこの男か……」 「レンブラント様!」  ラウレンスが耳を立てて、通りすがろうとしていたアイナの肩を抱き寄せた。 「前にも申し上げた通り、私はアイナの事を誰にも渡す気はありませんよ」  すっとラウレンスがアイナの額に口づけすれば、レンブラントは眉間に皺を寄せて手を払う。 「あーあ、冗談だラウレンス。やっと芽吹いたお前たちの邪魔をする気はない」 「見せつけるなー! ラウレンス!」  ヘインも酒が入っているようで、赤ら顔で手を振っている。  アイナがくすりと笑えば、カレルからラウレンスが花かごを受け取って、そっとアイナの腰に触れ、店の奥へと誘う。  調合室に入る前にはレンブラントの飲めー!という声とカレルのそれに応じる声が聞こえた。 「アイナ」  呼ばれたアイナがラウレンスの方を見上げれば、アイナの手に持っていた花かごを取り、机の上へと置いた。  そして、ギュッと抱きしめられる。 「頼むから他の男に無闇にその無邪気な笑顔を向けてくれるなよ」 「え?」  アイナはその言葉に驚き、ラウレンスの顔を見ようとするが、肩越しにラウレンスの表情は見えなかった。 「愛するのは私だけにしてくれ」  アイナが首を傾げれば、ラウレンスは悲しげな表情でアイナの唇を啄む。  少し酒の香が口に広がれば、アイナはラウレンスが酒に酔っていることに気づく。  何を意図して言われた言葉かは分からなかったが、アイナの心にあるのはラウレンスの事だけであった。  離れた唇を見つめ、アイナは背伸びをするとラウレンスの首を抱き耳元で囁く。 「ラウレンス。愛しているのはあなただけですよ」  ピクッと動いた耳を微笑みながら撫でれば、ラウレンスに手を掴まれた。覗かれる瞳が鋭い。  ラウレンスは何も言わずにアイナの唇を奪って行く。 「ラウレンス……皆さんが……」 「構わない。アイナ」  ラウレンスの唇が耳元で囁かれ、しばし二人は互いの唇の甘さに溺れていた。 「ラウレンスー! 遅いぞ!」  居間から聞こえてくる不機嫌そうなレンブラントの言葉で、二人は手を握って鼻先を合わせた。 「続きは客人が帰ってからだ」 「はい」  二人は調合室から出て、酔いが回っている男たちの元へと向かう。  「花を置きに行っただけなのに何をしていたー!」 「はけー!」  ラウレンスはヘインに羽交い締めにされ、レンブラントは野次を飛ばしている。いつの間にかにカレルはその輪に入っており、仲睦まじい姿にアイナは破顔した。  香油から始まった二人の関係は、苦難を乗り越え深まっていき、硬く閉ざされた蕾が、色づき今にも花を開かせようとしている。
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