オレの決断

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「おや? こんな所においででしたか」  指導員のオッサンがオレの近くにやってくる。 「あなたを殺した犯人も見つかりましたし、てっきりもう成仏なさったとか思いましたが」  すっかり『幽体が軽くなった』オレは葬儀場の屋根に登り、足を投げ出して座り込んでいた。  鬼岩刑事の乗るパトカーが、赤い回転灯を光らせながら聡美を乗せて駐車場から出ていくのを黙って見送る。 「んー……? とりあえず、『最初に戻った』って感じかな。この状態なら、あちこちフラフラ出かける事も出来るだろうからよ。んだから、もう少しこのまま……かな」 「そうですか。ところで、さっきの『あれ』は良いんですか? あのままだとアナタは『ストーカーをしていた』事にされそうですけど?」  オッサンも、去っていくパトカーの後ろを遠い目をしながら眺めている。 「まぁ……いンじゃね? どの道、これ以上言い合いをしたところで生き返るワケじゃねぇしよ。一応それでも自白してくれたわけだし、刑期が減るってんなら大目に見るさ……けどよ」  ホント、生きてる時は分からなかったよなぁ……。 「けど? けど……何ですか」 「いや……人間っては、心の裏で何を考えてンのかサッパリ分からんモンだなぁ……って思ってさ。皆んなオレの事を殺したいほど憎んでんのか思ってたけど……意外にそうじゃ無かったしよ」    陽が、地平線に向かってゆっくりと降りていく。そしてもうすぐ夜が来る。……思えば実に慌ただしい24時間だったな。  「そうですね。人間は他の動物と違って相手の心を考える事が出来る唯一の生物ですが……それでも『考える』『想像する』事が出来るだけで、『知る』事が出来るワケではないですからね。ズレが生じるのも仕方ありません。……まぁ、幽霊のようにになるのも逆にストレスかも知れませんが」  そう語るオッサンは、何処かもの寂しげだった。 「なぁ、オッサン」  オレは、ふと聞いてみたくなった。  太陽は、西の地面へと沈みつつある。きっと明日も何食わぬ顔して反対側から上って来るんだろうな。 「幽霊指導員って……何で、アンタはそんなお節介な事をしてんだよ」  ああ、オレはそれが知りたい。 「いゃまぁ、趣味といいますか……私は現世で地方公務員をしてましてね。職務中にクルマの事故で死んでしまったんです。生きてる時は特段何か使命感に燃えて仕事をする事もなかったんですが……」  オッサンがやって来て、オレから少し離れた屋根の上に座る。遠慮というか、照れくさそうというか。 「いざ死んだ時、気づいたら私には『何もなかった』んです。生きるという充足感も、死んだという悔しさも。ホントに『何もなかった』んです。それが私の『心残り』でしてね……。私は何のために生きていたんだろうか……って」  そうか。  幽霊が成仏せずに現世に残るのは、何らかの『心の残り』があるからだとオッサン自身が言ってたな。 「なので……『死んでから』ではありますが、私に何か出来ないかと考えましてね。それで『指導員』を始めたんです。何となくお役所の仕事みたいで馴染みもありましたし」  なるほど。だから何処かお役所臭いのか。 「いやはや、この仕事も色々ありますよ? 『お前が俺を殺したのか!』と騒がれたり、召し使いのようにあしらわれたり、果ては『どうにか生き返らせろ!』と泣かれる事も珍しくありません。……大変なんです、これでも」 「そうかよ……けど、オレは助かったぜ? アンタに色々と助けて貰ったからさ。だから……」  ああ、くそ、照れくせぇぜ! でも、『心の声』は全部聞こえちまうんだろ?だったら隠してもしょうがねぇや。 「オ、オレもよ、その……折角だし、少し落ち着いたら『幽霊指導員』ってのをやろうと思うんだ。その……オレも生きてる時は、あんまし他人のためになる生き方をしてなかったからな! 」 「はは……それはそれは、心強い事です」  少し恥ずかしげに、オッサンが小さく頭を下げた。
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