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「ところでその……オッサンの『幽霊指導員』ってのは何か資格が要るのかよ? その……何か適性試験があるとか」
オレがそう尋ねると。
「ああ、資格ですか。資格というか『証明』なんですが……」
オッサンが自分の左手の薬指から『指輪』をオレに見せた。ドクロがデザインされた銀色の小さな指輪だ。
「実はこれがそうなんです。ちょっと、指に嵌めてみますか?」
「おお、いいねぇ! 貸してくれるかい?」
オッサンが指輪を外し、オレの掌にポンと乗せてくれたので、オレはオッサンを真似て左手の薬指に嵌めてみた。
「こ……こうか? ……って、な、何だよ、オッサン!」
オレが顔を上げた時。
それまで飄々としていたオッサンの顔が、まるで人が変わったかのような冷たい微笑みにと変貌していた。
「……言いましたよね? 私は『趣味でやっている』って。『幽霊指導員』なんて公的資格なんざ、ありゃしないんですよ。その指輪は『指導員の証明』などではなく『魂を現世に固定する指輪』なんです」
「な……! 何だってぇ!」
「因みにその指輪は、次の方が『自主的に引き受ける』まで外れません。ええ、成仏出来ずに『ずっと幽霊のまま』……ああ、これで私も成仏出来る……『心を隠す技術』を研鑽した甲斐がありました」
「『心を隠す』だと! 馬鹿な!『それは出来ない』んじゃなかったのかよ!」
オレは慌てて指輪を抜こうとしたが、指輪はガンとしてオレの指から外れようとしない。
「何……簡単です。『自分の心に嘘をつけばいい』んです。自分自身を騙すんですよ……」
スっ……とオッサンが立ち上がる。
気の所為か、さっきよりも透けて見える気がする。
「おいっ、それは話が違うだろっ! オレを騙したなぁぁ! 何でオレを騙すんだよぉぉ!」
何でだ……何でこんな事に……っ!
「そうですね……教えてあげましょう。さっき私『クルマの事故で死んだ』と言いましたよね? アレ……無謀な運転をしていたアナタのバイクが私のクルマの前に突っ込んで来て、『それを避けきれなかった』からなんですよ。つまり……『私を殺した犯人』はアナタなんです」
「な……何だって!」
そう言えば……昔バイクで事故った時に、ブツかったクルマの運転手が『後で死んだ』と聞いた事が……! 後でクソオヤジ達が謝りに行ったはずだが……ま、まさか!
「いやぁ……ここまで苦労しましたよ、田中さん。私、アナタに言いましたよね?『憑依はチョンと心を押す程度の効果しかない』って。アレ、『私』です。私が、聡美さんに憑依して『心を押した』んですよ。だからアナタは刺されたんです……ああ、やっと仇がとれた……」
「そ……そ、そんな! そんな馬鹿な!」
まさか……オレを殺した『真犯人』は! オレを殺したいほど憎んでいた『真犯人』とはっ!
……そうか、聡美は『心を押された』から突発的にオレを刺し、そしてそれが自分で理解出来ない行動だったから『何で死んだんだ』と混乱したんだ!
「私が『そんな指輪』を引き継いだのは、いずれアナタに押し付けるためですよ! アナタの成仏を阻止するために!」
オッサンが、天を仰いで高らかに笑う。
「さて、これがホントの『冥土の土産』にいい事を教えてあげましょう。アナタは本来『死なずに済んだ人』なんです。本来なら、寿命が尽きる日まで生きられた命なんです! アナタがあの時、私を巻き込んで事故を起こさなければ!」
オレの背中から無い筈の血の気が引いていく。
……そうか、『もしも』だ。もしもオレがあの時にそこまでの無茶をしていなかったとしたら。
オレはこうして復讐されることもなく、今日も現世での生活を続けられたんだ。卒業して仕事して結婚して子供が出来て。そんな『当たり前の生活』がこの先に待っていたんだろう。
そんな全ての可能性を、幸せを、オレは失ったんだ。このオッサンと同じように……。
その瞬間だった。
「ぐ……っ! ぐぉぉ!」
突如、オレの身体がかつて無いほどの重さに潰されそうになる。腕も、足も、まるで鉄の塊にでも縛りつけられたようだ!
「そう!『本当なら幸せな暮らしが出来たはず』! これほどの後悔と煩悩はありませんよ! そしてもう二度と取り返しがつかないんです! その『重さ』によって、アナタはここで『地縛霊』になるんです! そして、仮に動けるようになったとしても、誰がか親切に『その指輪』を引き受けてくれる日まで……」
『心残り』が無くなり消えかかっていくオッサンがニヤリ、と嘲笑った。
「……決して成仏しないのです。では、私はこれで……」
「待て……待ってくれ! た、助けてくれ! た、頼む……」
必死に伸ばした手の先に、もう人影は残っていなかった。
完
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