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その時だった。
「おや……何かよ、幽体が少しだけ軽くなったような気がするぞ?」
さっきより、少し早く動ける気がする。なるほど、これが『煩悩からの脱却』というヤツか。
……まぁ何だ、こうして折角『幽霊』なんてものになったんだ。どうせ現世に戻れるってぇ訳でもあるまい。だったら、こうして『幽体』ってのをしばし楽しむのも悪い話じゃねぇかもな。
うん、人生何事も『前向き』に捉えねぇとな!……死んでるけど!
「おお、そうですか。まぁアレですね。幽霊になったのを機に『世界中の観光名所を旅したい』と言われる『幽霊』は多いですよ? 旅費は不必要ですし、時間はたっぷり使えますから。……ただ、そのためには移動スピードが大事ですけどね。我々は『すり抜けてしまう』ので、飛行機とか乗れませんし」
指導員のオッサンが、ウンウンと頷いている。
「うっ!そうか……仮にシートへ座ったとしても、飛行機が飛び出したら『置いてきぼり』を食うのか……仕方ねぇ、幽霊ライフを楽しむために、ここは『煩悩ダイエット』をしねぇとな!」
うん、何だか元気が出てきた気がするぞ!……もう死んでるんですけど!
「さてさて、そうなると話は別だぜ! 思いっきりオレの事を『死んでセイセイしている』ヤツを探さねぇとな!……どこに居るかな……あ、いた!アイツだ!」
参列者の座る場所から少し離れ、一人スマホで通話をしてるヤツがいる。
よーく、知ってる顔だ。何しろ、学校でオレと常に『喧嘩』してたヤツだからよ!
アイツぁアレだよ?絶対にオレが死んで嬉しいはずだ。何しろ顔を見るたびに『死ねや、こるぁ!』とか叫んでたし。よお!望み通り『死んで』やったぜ!
オレがスー……と近づくと、誰かスマホの向こうに居るツレと話をしているようだ。
「……ああ、そうサ。田中の葬式だよ! あの馬鹿、『死ね死ね』言ってたら、ホントに死にやがってよぉ!まったく笑えるぜ! ゲタゲタ笑う訳にも行かねえから、式を抜けてきたってワケよ!」
……クソッタレめ。死んでも腹の立つ野郎だな。もう殴れねぇのが残念で仕方ねぇぜ。だが、今はその『恨み』が欲しいんだよ!
そいつは「じゃ、後で」と通話を切ってから、いきなり下を向いて無言になった。
オレは、そいつの『心の声』を聴くために幽体をそっと寄せる。すると。
《くそが……! 何で死んじまうんだよぉぉぉ!》
……え?これがコイツの『心の声』?……何か、予定と違くね?
《冗談じゃねぇぞ! この馬鹿野郎が!……オ……オレと本気で喧嘩してくれるアホなヤツなんて……お前しか居ねぇってのによぉ……》
こらこらこら! 待てやコラ! 何を突然、青春ドラマしてやがるんだ! 今はそういう場合じゃねぇんだよ! 空気読めや! ……つか、今のオレは空気みたいなもんですけどぉ!
《クソッタレがぁぁ! オレは明日から、誰を相手に喧嘩すりゃぁいいんだよ!オレには……喧嘩しか自分を出せるモンがねぇってのによ……》
待てぇぇ! 何だよ、その『ツンデレ』は! 冗談じゃねぇのはこっちの方だぜ! くそめ……男のツンデレなんて、気持ち悪ィだけじゃねぇか!
「ああ……ダメだ。『こんな場所』に居たら、笑いが止められねぇってもんだぜ……」
オレの喧嘩相手は、そう言って格好をつけながら式場を後にしていった。
「な……何だよ……今のはよぉ!」
呆然としてから、ふと気がついた。
「あ!幽体の重さが元に戻ってやがる!」
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