バケモノの理由

1/5
4人が本棚に入れています
本棚に追加
/5ページ

バケモノの理由

「あたし、バケモノなの」  僕の受け持ちクラス、三年二組の少女――木本舞花(きもとまいか)はそう言って俯いた。少しぽっちゃりとした、されどボブヘアーがとても可愛らしい女の子である。  だからこそ、僕は言われた言葉の意味がわからなかった。彼女は何をもってして、自分を“バケモノ”などと呼ぶのだろうか。 「え、えっと……」  担任の教師として、相談に乗った一人の大人として。生徒とは真正面から、対等な気持ちで向かい合うのが筋だと思っている。勿論理想通りに行かないことも今まで多々経験はしているが、こっちが生徒をナメてかかったり面倒だと少しでも思えばそれは必ず彼らに伝わってしまうものだ。  理想に燃えた一人の教員として、僕にも譲れないものはある。僕らは同い年にはなれないし、“家族”や“友達”と呼べるほど近い距離には行けないかもしれないけれど。同じ場所で過ごす、言わばとしの違う仲間と呼んでも差し支えない存在だ。僕はそれくらいには彼らを尊重してきたつもりだし、クラスの子供たちもそれなりに自分のことを認めてくれたように思うのである。  実際小さなトラブルはいくつかあったが、この十月になるまで大きな問題らしき問題は起きていない――はずだ、少なくとも僕が知る限りでは。  こうして毎日放課後に一人ずつ相談に乗る“高橋先生相談室”を企画してからは、よりみんなとの距離も縮まったように感じていたところだ。そう、こうして目の前の彼女、舞花が話をしに来てくれたのも、自分のことを信じてくれた結果に違いないのである。  だからこそ、応えたい気持ちは僕とて強い。強いのだが。 「バケモノなの、あたし」  僕が戸惑ったことが伝わってしまったのか。先程より少し強い口調で、舞花は繰り返した。  これではいけない、と僕は自分を戒める。なんのために教師を志したのか忘れたか、高橋稔(たかはみのる)。一人でも多くの子供達が、笑って未来に羽ばたけるよう精一杯のサポートがしたいと、そう誓いを立てたのではなかったのか。 「……バケモノって、どうしてそんな風に思うのかな?」  こういう相談で大切なことは、相手の言葉を頭から否定しないこと。なるべくどんな言葉であろうと受け入れて、肯定的な姿勢を見せることだ。僕はカウンセラーではないけれど、それくらいは教師として心得ているつもりである。 「先生から見ていると、舞花ちゃんはとっても可愛い女の子だと思ってるけど」 「……ほんと?」 「うん、本当。お洒落さんだし、笑顔がとっても素敵だと思うよ」
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!