2 ベッドの上

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2 ベッドの上

 テレビは軽快な音楽とともに、お昼のニュース番組のスタジオを映し出した。画面にはでかでかと、この番組の看板でもあるMCの顔が現れる。  秀也(しゅうや)はベッドの上で、呆然とその映像を眺めていた。MCが言うには、今日は水曜日らしい。こう長いこと部屋の中にこもっていると、曜日の感覚が無くなってしまう。  今頃学校は昼休みで、同級生たちは弁当でも食べているのだろうか。秀也はふと、懐かしいクラスの教室を頭に思い描いた。それと同時に、胸の奥にある虚しい気持ちが、むくりと起き上がってきた気がした。  ここ数週間、このベッドから起き上がったことはない。ご飯は、いつも母さんが持ってきてくれる。その度に悲しそうな顔で叱られるのが、辛くて悔しい。  なぜこんなことになってしまったのか、自分でも分からない。勉強は比較的できる方では無かったけど、部活は楽しかったし、仲の良い友達も居た。こんな言い方をするのは自分でも不愉快だけど、所謂不登校というものには、縁はないだろうと思っていた。  ところがある朝、いつものようにベッドから起き上がろうとしたとき、酷く気分が悪くなったのだ。体調が悪いときの嫌な気分とはまた違う、感じたことのない気持ち。その気持ちは、今も尚消えていない。  テレビでは、MCとコメンテーターとの軽いトークが一通り終わり、コマーシャルが始まった。別にコマーシャルにも番組にも興味はないが、テレビを消そうとは思わなかった。  自分がなにかしているという実感が欲しいからだ。自分が時間を無為に過ごしていることは、認めたくない。認めてしまうと、今にも自分がこの世界から消えて無くなってしまいそうだ。  秀也は、携帯に手を伸ばした。誰からも連絡は来ていない。  以前は、友達から連絡が来ることもあった。どれも、自分のことを心配しているといった内容だった。  でも、連絡は日を重ねるごとにだんだん少なくなり、ある日を境に一切連絡が来なくなった。テレビを消せなくなったのも、その時からだ。  しばらく携帯を弄っていると、がちゃりとドアの開く音がした。横目でドアの方を見ると、スーパーの弁当を持った母さんがいた。母さんは、こちらを睨んでいるように思われた。  「今日もずっとそうしてるつもり?」  母さんの不機嫌な声が聞こえた。秀也は黙って、携帯の画面を眺める。テレビの音だけが部屋に響く時間が、しばらく続いた。 「どうしてなの?」  母さんの小さな声が聞こえた。胸の奥の虚しい気持ちが、ぴくりと動く。 「何?私が悪いの?私はあなたのために毎日家事もして、ご飯も作って、学校にも行かせて、それでも私が悪いの?」  秀也は泣きそうになりながら、じっと、携帯の画面を睨む。 「ああもう、何なのよあなた!いつまでもそんなことしてて、どう思ってるの?私がどんな思いしてるか分かってるの?あなたがそんなんじゃ、私どうすればいいの!このままずっと、毎日ここまでご飯運んできて、近所の人に隠れて買い物して、一人でずっとこんなことしろって言うの?」 「本当に、ごめん」  秀也がぽつりと、呟いた。 「何?そうやってずっと言い訳してるつもり?ふざけないでよ!」  母さんはヒステリックに叫び続けた。声が枯れるまで叫び続けて、最後は大きな足音を立てて、部屋を去っていった。  秀也はしばらく呆然とテレビの画面を眺めたあと、少し体を起こし、ベッドの下の弁当を手に取った。そして、弁当をベッドの隅に置き、ゆっくりと目を瞑った。しばらくは、自分の殻の中に閉じこもっていたかった。  その時、インターホンのチャイムが鳴るのが聞こえた。
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