1. 僕と機械仕掛け

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 いろいろな仕事、というのが何のことなのか僕にはわからなかった。でも、きっと本当にたくさんのやらなきゃいけないことがあったんだと思う。男の人はそれから病院の人たちや「葬儀会社」という人たちと忙しそうに話をして、そのあいまには僕の食事の準備をしてくれたり、着替えを準備してシャワーを浴びさせてくれたり、夜には寝かしつけてくれたりもした。  不思議なことに、彼の作るスープはお母さんの作ったものとまったくおなじ味がした。だから、お母さんのいない部屋で見知らぬ男の人に見守られて気持ちが落ち着くはずなんてないのに、僕はすぐに眠り込んでしまう。  少し前に、お母さんに連れられて洋服の採寸に行った。いつもの買い物では僕がお店にある洋服に合わせるのに、このときはお店の人が僕の体のあちこちを測って、それにピッタリ合わせた服を作るのだと言っていた。それは特別なことだから、すごくわくわくしたのを覚えている。 「これ、あのときの服かな」  男の人が差し出してきた上下揃いの黒い服を見て僕がつぶやくと、彼は「ええ」とうなずいた。その服を着て彼に手を引かれ出かけると、病院とは別の場所で僕はお母さんの棺の中に花を入れた。僕の背丈は棺をのぞきこむには足りなかったので、彼は「葬儀会社」の人に踏み台を持ってくるように言った。 「お母さん、どう? この前の服だよ。似合ってる?」  声をかけるけれど、お母さんは目を閉じたままで返事はない。病院では青白く見えた顔のほっぺたのあたりに赤みがさしていて、乱れていたストロベリーブロンドの長い髪はきれいに整えられていた。まるで生きているみたいなのに、手をのばして触ると体は冷たくてかちかちに硬い。  悲しい気持ちよりは、不思議な気持ち。だから僕は泣かなかった。  僕がお母さんを見送る間、「契約」の男の人はずっと隣にいて冷たい手で僕の手を握っていた。  その日の夜、彼は僕に分厚い紙の束を見せてくれた。  お母さんとたくさん練習をしたから僕はもう文字を読むことができる。けれど、その紙に書かれているのは見たことのない難しい言葉ばかりで全然意味がわからない。ただ、見慣れたお母さんのサインがあることだけはわかった。 「これは、契約書です」彼は言う。 「けいやくしょ?」僕はきき返す。 「ええ。あなたのお母さまが、私を契約されたのです。自己紹介が遅れましたが、私は『電子的家庭支援社(エレクトリック・ファミリー・サポート)』の家事育児支援ロボットで、型番はAP−Z92−Mです」 「……」  笑顔を崩さないまま、彼が急に「自分はロボットだ」と言い出したので僕は何も言えなくなった。
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