1. 僕と機械仕掛け

4/21
前へ
/178ページ
次へ
 言葉の意味はわかっている。おうちのことや子どものお世話を手伝うロボットは珍しくない。僕の通うナーサリーにもそれぞれのクラスに一人ずつの人間の先生の他に、ロボットの先生もいる。見ただけでは人間の先生との違いはほとんどわからないし、話したっておなじだ。ただ、ロボットの先生は皆、目立つ場所に「電子的保育補助員(エレクトリック・アシスタント)」と書かれたバッジをつけている。 「驚かれましたか?」  僕がぽかんと口を開けたまま黙っているからか、「AP-Z92-M」は心配そうな表情を浮かべて僕の顔の前でひらひらと手を振った。  確かに僕は驚いていた。だって、今のいままで、この男の人がロボットだなんてちっとも思っていなかった。うまく言えないけれど、ナーサリーにいるロボットの先生たちと比べても、街中で働いているいろいろなロボットと比べても、「AP-Z92-M」はものすごく人間っぽいのだ。確かに手は冷たかったけど、お母さんよりも落ち着いていて全然怒ったり驚いたりしないけれど——それ以外はまったくロボットっぽさを感じない。 「先生が……、人間の先生が、ロボットの先生には『ほうりつ』で『ひょうじ』が必要なんだって言ってた。でも、あなたにはバッジがないよ」  からかわれているのかもしれないという気持ちが消えなくて、僕はじっと彼を見た。細く柔らかい黒髪はきっちりと整えてある。ほっそりとした白い顔と、切れ長の目に黒い瞳。薄い唇はほんのり湿っているように見える。彼の瞳は僕がどきどきするのにつられたみたいに揺れていて、どれだけじっくり眺めてもロボットであるようには見えない。  けれど、彼は僕が不思議に思っているのを打ち消すみたいに首を振った。 「業務用の場合は表示が義務付けられていますが、私は家庭用なのでバッジはいらないんです。大丈夫、法律違反はしていませんよ」 「ふうん……そうなの?」  この世界にはバッジを付けなくても良いロボットがいるということを、僕はこのときはじめて知った。だったら街ですれ違う人たちの中にもロボットが紛れているのかもしれない。わくわくするような気もするし、ちょっと怖いような気もする。  彼は冷たい手を伸ばして僕の頭を撫でる。 「アキ、あなたのお母さまは病気が悪化してあなたの面倒を見ることができなくなった場合に備えて当社と契約されました。そして残念ながら彼女が亡くなられたため私がやってきたのです。あなたが成人するまでお世話させていただきます」
/178ページ

最初のコメントを投稿しよう!

243人が本棚に入れています
本棚に追加