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初デート
中学生になったマリンは美術部に入部した。ゴッホが大好きで、初めはゴッホの絵を何枚か模写していたが、やがて自分の身の回りのものをゴッホ風の筆の使い方で表現することにハマった。校舎と松の木をゴッホ風に表現した作品は、中学生美術展に入選した。
マリンはゴッホの自画像みたいな雰囲気でサキトさんを描いてみたいと、ずっと思っていた。ある日曜日、自分のカメラを持参して『ロマン写真館』に行った。サキトさんは玄関を掃除していた。これから予約のお客さんが記念写真を撮りに来ると言った。
「サキトさんの写真を何枚か撮らせてほしい。絵に描きたいの。何時に来たらいい?」
「恥ずかしいな。昼前には仕事終わるから、昼の12時に来て。いっしょに昼ご飯食べに行こう。」
マリンは、飛び上がって喜んだ。初デートだと思った。
マリンはお気に入りの服に着替え、昼前に『ロマン写真館』に行った。サキトさんは軽自動車を洗っていた。
「え?車に乗せてくれるの?」
「そう思ってた。ちょっと離れてるけど、素敵なお店あるんだ。前から行ってみたかったんだけど一人でわざわざ行くのもなあ・・・って思ってたから。いっしょに行こう。」
「えええっ。嬉しい。」
マリンは、映画やテレビドラマで見る大人のデートみたいだと思った。
サキトさんの運転する車の助手席に座っただけでマリンは幸せだった。隣町の郊外にある小さなレストランに着くまで、マリンは絵を描く時に考える画面構成についてサキトさんに質問した。写真も絵も限られた平面をどう扱うかという部分で基本は同じだと思ったから。サキトさんはアングルとか質感とか縦位置、横位置とか専門的な言葉の意味を解説しながらマリンの期待に応える話をしてくれた。
「マリンちゃんと話してると芸術的な写真、撮りたくなるなあ。」
というサキトさんの言葉にマリンは明るい未来を予感した。
食事を終えて帰る途中の景色のいいところでマリンはサキトさんの写真を撮らせてもらった。サキトさんに指導を受けてアングルや露出を調整しながら24枚撮りのフィルムのほとんどをサキトさんで埋め尽くした。
「残りは二人で一緒に写ろう!」
とサキトさんが提案してくれたので、タイマーを使って二人の写真も4枚くらい撮影した。
家に帰ったマリンは母親に注意された。
「男の人と二人で車で出かけるなんて危ない。何もされなかったか?」
というようなことを言われた。
「写真や絵の構図について専門的なことを教えてもらった。昼ご飯をご馳走になっただけだ。そんな言い方するなんてヒドイ!」
とマリンは反発した。
『アメリカから帰って来た人は何を考えているかわからないから』
と話す母親をマリンは軽蔑した。狭い世界しか知らない人間が広い世界を見てきた人を恐れるのは、鎖国していた江戸時代の日本人が訳もなく外国人を恐れるくらいバカげていると思った。
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