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秘密のキス
サキトさんの写真、二人が写った写真はマリンの宝物だった。マリンは毎晩サキトさんの写真にキスした。母親に見つからないように、それらの写真は本棚の聖書に挟んで隠していた。いつかきっとサキトさんと初キッスしたいと思っていた。想像するだけで体が熱くなった。泣きそうになった。泣いたことも何度かあった。
サキトさんの写真を何枚か絵に描いた。マリンはゴッホの最後の自画像風の作品とクールベの黒い犬といっしょの自画像風の作品が特に気に入っていた。クールベ風の作品をサキトさんにプレゼントした時だった。
「マリンちゃん、とても嬉しい。だけど、僕は大人でマリンちゃんは中学生だから・・・」
「もう少し待ってくれたら私も大人になるでしょ。」
「マリンちゃんが大人になる頃には僕はおじさんか、おじいさんになりかかってるよ。マリンちゃんは同じくらいの年の子と、今しか遊べない楽しい遊びをして、たくさん思い出を作ったらいい。」
「お母さんが何か言ったの?」
「お母さんは心配してるんだ。考えたら当たり前のことだけど。ごめんね。マリンちゃんを喜ばせたいと思って、かえってツラい思いさせちゃったね。」
マリンは泣いた。家で母親と何日も口をきかなかった。どれくらい我慢すれば自分の気持ちが静まるか、熱い思いが冷めるか、マリンはずっと堪えて時が過ぎゆくのを待った。待っても待っても気持ちは変わらなかった。
サキトさんに会いたい気持ち、サキトさんが好きという気持ちを何かで表現できないか。考えたマリンは自分の『唇』のアップ写真を撮った。『半開きの唇』『耳』『うなじ』などを撮影した後、とうとう『乳房』の写真を撮った。前から。上から。横から。その行為自体が悲しくなったマリンは『涙でいっぱいの瞳』を撮った。『泣き顔』を撮った。そこでフィルムはなくなった。
次の朝、学校へ行く前に『ロマン写真館』に寄った。
「おはよう。朝から珍しいね。」
サキトさんは明るく挨拶してくれた。
「これ。お願いします。サキトさんが見てくれたら現像しなくていい。」
それだけ言って立ち去ろうとしたマリンの腕を、サキトさんは力強くつかんだ。
「マリン。この前、言ったこと。やっぱ取り消す。」
そう言いながら写真館の事務所にマリンを引き込んだサキトさんは、マリンをぐっと抱き寄せてホッペに軽くキッスした。マリンは自分から目を閉じて上を向き唇へのキスを求めた。サキトさんは、本当に軽く優しくふわっと唇にキスしてくれた。
マリンは全身が震えるほど嬉しかった。想像していたより、ずっとずっと素敵だった。
「ありがとう。」
と言ったのはサキトさんだった。
「行ってきます!」
マリンは走って学校へ行った。
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