【第3話:かばでぃとよくわかんないけど】

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【第3話:かばでぃとよくわかんないけど】

 次の日、いつも通りに登校して教室に入ると、何故か教室にいたクラスメイトの視線が僕に集まっていた。 「ねぇねぇ、神成君だっけ? たまたま貴宝院さんと同じ掃除の班で、その班長だからって、何様のつもりかしらね」 「一緒じゃなかったとしても、貴宝院さんを追いかけるって理由つけてサボったんだろ? 許せねぇ。貴宝院さんに失礼だろ? 一回ガツンと言っておくか?」  なぜか、二人揃って掃除をさぼったと噂になってしまっているようだ。  いったい誰かこんな噂を広めたんだ……?  貴宝院さんのアノ能力も完璧ではないのだろうか?  理由はわからないけど、何か危険な雰囲気なのには変わりはない。  僕は吹けない口笛を吹きながら、教室の一番後ろの自分の席に着くと、視線に気付かない振りをして、寝たふりを決め込む。  周りでひそひそと僕の事を話しているのが聞こえてくるのが、心臓に悪い……。  せめて、早くチャイムが鳴ってくれないかと無理やり寝たふりを続ける。  だが、悪友がそれを許してくれなかった。 「よう! とまっちゃん! 寝不足か? ……おーい。とまっちゃん?」 「……かばでぃ?」 「はっ? な、なんだ?」  どっか行ってくれないかと思って言ってみたが、全く効果はないようだ。当たり前だけど……。 「……いや、忘れて……。それで、嬉しそうな顔してどうしたの? なんかあった?」 「おぅ! あっただろ? お前、昨日、貴宝院とどこに消えたんだよ!」 「おまっ!? 馬鹿!?」  この馬鹿……昨日、あれから謝りのメールと、騒ぎ立てないで黙っててくれって言ったのに、この状況で油を注ぐのか!? 「え? アレだろ? 『押すなよ? 押すなよ? ……押せよっ!』って奴だろ?」 「ちがうわ!?」  正はお笑いセンスが限りなくゼロなのに、無理やり芸人のネタを真似、たびたび場を凍り付かすという事を繰り返しているのだが、ここでそれを発動するか……。  実際恐る恐る周りを見ると、僕を視線で殺しに来てる奴が出始めている。 「僕、今日を切り抜けたら街を出るんだ……」 「おまっ!? 転校するのかよ!?」 「人が遊びで立てたフラグを、天然で上書きするなよ……」  この状況を悪化させたのは正の馬鹿だが、その正と話している事で、みな怖くてオレに詰め寄る事ができないという状況に、何だか物凄く複雑な気分だ。  そんな馬鹿な会話を続けていると、何だか少しだけ周りの視線が弛んだ気がした。 「……ディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバ……」  ちょっと待て……教室の中央付近から、何か聞こえてきたぞ……。  そう思い、その呟きの主に視線を向けると……貴宝院さん来てるじゃないか!!  と言うか、噂に気付いて能力を使ったな!? 貴宝院さん、ずるくないですか!?   しかし、そこで異変が起こった。  貴宝院さんと僕の事を噂していた奴らが、一瞬だけだが一斉に口を閉ざしたのだ。 「あれ? 俺、何話してたっけ? あっ、俺のお笑いセンスの良さについてだったか?」 「おまえもか……と言うか、そんな話してないわ!?」  あれ? でもこれは助かったのか?  いや、助けられたのか?  あのまま変な噂を立て続けられたら、僕の平凡で平穏で平和な高校生活が消え去っていたはずだ。  そう思って安堵しかけたのだけど……。 「ねぇねぇ、神成君だっけ? ……何かよくわからないけど、何様のつもりかしらね。何かよくわからないけど」 「何かよくわかんねぇけど、何か理由つけてサボったんだろ? 許せねぇ。何かよくわかんねぇけど、失礼だろ? 一回ガツンと言っておくか? 何かよくわかんねぇけど」  よくわかんないのに理不尽すぎる!? 僕に向けた悪感情が消えてないぃ!?  このままでは不味いと、何とかしなければと頭を抱えていると、割れたチャイムの音が教室に鳴り響いた。  そして、すぐに入ってきた一限目の数学の先生のお陰で、ひとまずは僕の沙汰はお預けになったのだった。  ~  あっという間に、数学の授業が終わってしまった。  いつもなら中々終わらない退屈な授業なのに、数分で終わってしまった気分だ。 「じゃぁ、次は小テストするから、今日教えた公式ちゃんと覚えて来いよ~」  おかしいな。公式とか習った記憶がない。  と言うか、考え込んでいるうちに寝てしまったようだ……。 「お・は・よ・う」  考え事している時に突然後ろから話しかけられて、驚いて振り向くと、そこには少しジト目の小岩井の姿があった。 「!? って……なんだよ。小岩井か……脅かさないでよ」  一瞬、貴宝院ファンから依頼を受けたヒットマンが現れたのかと思ったよ。 「なんだよは無いでしょ? 昨日、私には掃除サボるなとか言っておいて、自分がサボったくせに」 「あ、あぁ、それは……ごめん。メッセージでも言ったけど、ちょっと、急に用事が出来て……ほんとごめん」 「いいわよ。でも、事なかれ主義の兎丸がサボるなんて珍しいわね? 何かあったの?」  何かあったのかと聞かれれば、物凄く世にも奇妙な出来事があったわけだが、ここでそれを話す訳にもいかない。  なので、僕は昨日寝る前に考えておいた理由を話す事にした。 「実は……」 「実は?」 「教室を出た時に……」 「出た時に?」 「足元に魔法陣が現れて異世界に召喚さ……ぶごべっ!?」  ちょっとふざけただけなのに、後頭部を思い切り叩かれた……。 「い、痛いなぁ……そこまで思い切りぶたなくても良いじゃないか」 「真面目に聞いた私が馬鹿だったよ……」 「うおぉぉ!? 異世界に召喚ってマジかよ!?」  いつもの事だが、正が信じそうになったので訂正しておく。 「あっ、冗談だから。真面目にとらないで……頼むから」 「ちっ、な、なんだよ。おお、お、俺にも少しは乗りツッコミぐらいさせろよ」  本気じゃなかったアピールは置いておくとして、正はこの手の話が大好きだから、食いつきが激しくて困る。  でも、正が来てくれると、怖がって僕に絡んでくる奴がいなくなるので、今は感謝しておこう。  これも平穏な高校生活のためだ。  と言うか、頼むから今日は全ての休み時間、すぐに僕の席に来てくれ……。 「どした? なんか疲れてねぇか?」 「ん~? ちょっと、昨日の晩いろいろ考え事してたら寝れなくなってね」 「とか言いながら、また遅くまでラノベ読んでたんじゃないの?」 「う……なぜ、わかった……」  色々考えていたのは本当だけど、帰りに買ったラノベを読んでいたのも本当だった。 「好きな本が発売した時に毎回やらかしてるじゃない……」  でも、二人が席に来てくれて、こんな会話をしていたお陰で「よくわかんないけど」という理不尽な理由で皆に責めらる事もなく、平穏な休憩時間を過ごす事が出来た。  正は怖がられるだけでなく、男からは一目置かれていたりするし、小岩井もその気さくな性格から男女問わず人気が高く、特に女子からは、毎年バレンタインにチョコを貰うぐらいの人気者だ。  いたって平凡な僕とはそのスペックが違うのだ!  って、言ってて凹んできた……。  まぁとにかく、こうしてその日の午前中は、何事も無く、平凡で平穏で平和な時間を過ごす事が出来たのだった。
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