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【第5話:かばでぃとスーパーウーマン】
レジに並ぶ長い列の最後尾。
聞き覚えのある声とフレーズに振り返ると、そこには芸能事務所からも声のかかると噂の美少女、『貴宝院 葵那』さんが僕の顔を覗き込んでいた。
「どうしたの? 何か随分落ち込んでいるみたいだけど、大丈夫? ……カバディカバディ」
「えっと……何かツッコミ入れた方が良いのかばでぃ?」
心配してくれた事は素直に嬉しかったんだけど、定期的に「かばでぃかばでぃ」と呟いている事に、僕はついそう尋ねてしまった。
「変な言い方しないでよ!? ネットで私の写真が拡散してしまってから、この能力なしでは、普通の生活できないのよ……」
「そ、そうなんだね。貴宝院さんみたいな人にも、僕とは次元の違う悩みとかがあるんだな」
「わ、私は、みんなが思っているような、そんな凄い女の子じゃないわよ。普通の女の子だから……それより、神成くんこそどうしたの? 『スーパーもってけ』で会ったの初めてだけど、何か家の人に買い物でも頼まれた?」
ん? 聞き逃せない言葉があったぞ?
「普通の女の子?」
少し、貴宝院さんについて思い出してみる……。
見た目は言うまでもない。ネットでは『神が起こした奇跡の美貌を持つ美少女』、通称『神の奇跡』として崇められている。そこは略すなら『奇跡の美少女』とかじゃないのかと思うが、それは今は置いておく。
でも、それだけではない。
成績も全国模試でかなり上位らしいし、去年の体育祭ではその運動神経を遺憾なく発揮し、リレーでは前を走る四人をごぼう抜き。一等でゴールして優勝に貢献したのは有名な話だ。
おまけに今年の冬休みには、街中で陣痛で蹲っている妊婦さんを助けて母子ともに危なかった命を救い、表彰されて新聞に載ったりもしている。
「それで、完璧超人美少女スーパーウーマンの貴宝院さん、かばでぃは言わなくて大丈夫?」
「うぅ……な、なんか言葉に凄い迫力があるのだけど……それに、そのジト目ちょっと怖いから!?」
「そ・れ・で、完璧超人美少女スーパーウーマンの貴宝院さん、かばでぃは言わなくて大丈夫? と言うか、なんでこんなスーパーなんかに?」
認めないので、もう一度言っておいた。
「わ、わかったわよ!? 多少は人より頑張っているつもりよ。でも、家は普通……と言うか、うちはお母さんと二人暮らしだから、買い物は私の担当なのよ。あと、この能力は、一度使うと私が何か目立った行動でも起こさない限り、暫くは効果が持続するから大丈夫よ」
なんとも便利で、凄くて、変な能力だ……。
でも、片親なのか。ちょっと嫌な思いさせちゃったかな?
「そう、なんだね。家も凄いのかと思ってたけど、何か踏み込んだこと聞いちゃって、ごめん」
「私自身気にしてないから、だから神成くんも気にしないで。お父さんは私が生まれる前に亡くなっちゃったから、会った事すら無いしね……。で? 神成くんの方は?」
本当に気にしていないようで、普通に振舞うその姿にちょっとだけホッとする。
「僕は親が海外に転勤になって今は一人暮らししているから、普通に晩御飯を買いに来ただけだよ。近所のスーパーがもうすぐ潰れるって聞いてさ。だから、ここのスーパーはどんなものかと偵察に、ね」
そう言って、さっきの惣菜コーナーを思い出して、思わず苦笑する。
「へ~、一人暮らしなんだ。凄いね。あぁ、でも……もしかして、ここにお弁当とかお惣菜買いに来ちゃったの……?」
そして「なかなかのチャレンジャーね」と続ける。
「はははは……いやぁ、チャレンジする勇気は無いからさ……ほら、今日はこれの予定」
そう言って、さっき買い物かごに入れたものを、貴宝院さんに見せてあげる。
「え? カップ麺と野菜ジュースだけ? そんなので足りるの?」
「まぁ僕は小食だから、これでお腹いっぱいかな」
そんなだから、身長も伸びないんだと正にもよく言われるが、食べられないものは仕方ない。
その時、見ようと思ったわけではないが、貴宝院さんの方の買い物かごの中身が目に入った。
「お。もしかして今日はお鍋? あ……ごめん。なんか勝手に覗き込んじゃって」
「別にいいよ。いつもお母さんの帰りが遅いんだけど、私、妹がいるからね。妹がお鍋食べたいってメッセージ送ってきたから、要望に応えてあげようかと思って」
「へぇ~。いつも貴宝院さんが、妹の分のご飯を作ってあげてるの?」
「平日はだいたいそうかな?」
「凄いなぁ。この上、料理まで出来るとか、完璧超人美少女スーパーウーマンでも足りないかな?」
そう言って、惚けると、
「もう~、ほんとに勘弁してよ……ふふふ♪」
「ははは♪」
なにかおかしくなって、二人で笑ってしまっていた。
あらためて考えてみれば、貴宝院さんみたいな美少女とこうやって普通に話せている事は奇跡に近い。
女子が苦手というほど全く話せないわけではないが、さすがに貴宝院さんみたいな子と普通に話をするなんて出来なかっただろう。
普通に出会っていれば……。
厳密に言えば最初の出会いではないのだけど、実質初めての会話というか、交流が、あまりにもインパクトが強すぎて、そっちに気を取られて気付けば自然に話せるようになっていた。
そうこうしているうちに、レジに並ぶ長い列も減り、僕の番になった。
「じゃぁ、お先に」
商品が二つだけなので、あっという間に清算は終わったけど、何かこのまま先に帰るのも悪い気がして、貴宝院さんの清算が終わるのを待つことにした。
「……カバディカバディカバディカバディ……」
あ、そろそろ効果掛けなおすのね……。
「なんか……それ、大変そうだね」
「ん~、まぁでも、この能力のお陰で何とか普通の生活送れているわけだし、感謝しているよ。前にストーカーの被害にあいそうになった時も、この能力のおかげで助かったし?」
「す、ストーカー!? だ、大丈夫だったの!?」
考えてみれば、未だに現在進行形でネットで『神の奇跡』として大きく騒がれているのだ。
ストーカーの一人や二人現れても全然不思議ではない……。
そう思うと、何だか物凄く心配になってしまい、気付けば、
「あ、あの! 良かったら、うちの前まで送らせてよ!」
そんな事を口走ってしまっていた……。
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