風が鳴く

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「……綺麗な音」  俺は後悔した。なんであのとき守ってやれなかったんだ。あの日出かけなければ。なんでもっと一緒に居てやれなかったんだ、抱きしめなかったんだ、素直に気持ちを伝えなかったんだ。ただ毎日、好きだよと伝えれば何倍もあの笑顔が輝いただろうに。  毎年お盆に現れる麻理は、後悔を晴らしたい悲しい虚しい自分の幻想なのか、本当に麻理が会いに来てくれているのか、わからない。引き止められるなら、ずっと引き止めておきたい。連れて行ってくれるなら、連れて行ってもらいたい。  引き止めようと、付いていこうとするも、いつの間にか目の前からいなくなっている。まるでおとぎ話のようだと馬鹿みたいに苛立った日もある。  俺を訪れる麻理が、悪霊だっていい。俺の幻想だっていい。周りから頭がおかしいと言われようが、麻理に会えるのであれば、俺は何だってよかった。 「麻理……」  たった1年に、1度だけ会える日。せかせかと部屋を片付ける姿はまるで思い描いていた結婚生活ようで、前日にわざと散らかす部屋も虚しい行為だった。ただここに残っているのは、綺麗に片付いた部屋と風鈴だけ。  手のひらを涙で濡らし、大の大人が嗚咽を漏らす。いくら目を擦っても、涙は止まってくれなかった。ぐずぐずに濡れた顔は、麻理に見せられないなとどこか頭の片隅で思う。いくら息を整えようと深く空気を吸っても、胸に突っかかって肺に入っていってくれない。 「……会いたいよ……麻理……」  風鈴の音だけが部屋に響いた。
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