風が鳴く

4/6
5人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ
 俺は、露店にいた。たこ焼き、やきそば、焼きとうもろこしにわたあめ。賑わっている露店は、人でごった返している。キョロキョロと見渡しても、顔見知りはいなかった。 「健」  聞きなれた声に振り向くと水色の浴衣に身を包んだ麻理がいた。片手には風鈴をもって、嬉しそうに微笑んでいる。にっこりと微笑む麻理は、顔の横で風鈴を揺らしてリンリンと鳴らしていた。可愛い、綺麗な風鈴を買ってご機嫌というような感じだった。 「ふふ」 「1人でいたら、はぐれるよ」 「んーん、大丈夫」 「大丈夫じゃないでしょ」  そう言って手を伸ばすと、麻理は、切なく苦しそうな顔をして笑った。顔を、横に振る。ザワザワと騒がしいはずなのに、他の人には靄がかかったみたいに麻理だけがはっきり見えた。はっきり聞こえた。 「麻理?」  人と人の隙間から伸びてきた片手には、風鈴を持っていた。渡してきたのだと思い風鈴を受け取ると、麻理の腕はまた人混みに消えていく。 「その音を頼りに、健がわかるから」  大丈夫なの。そういうと、人混みに紛れてもう麻理がどこにいるか分からなくなった。人の流れの中に、麻理はにっこりと微笑んで手を振っていた。雑踏の中、麻理の振る腕と、風鈴の音だけが俺の中に残る。 「割らないようにね」 「待って」 「じゃあね、健」 「麻理!」  行かないで、そう言い終わる前に、目が開いた。伸ばした手は空をかき、見慣れた天井はもう暗かった。ああ、またこの夢かと、深い息を吐いた。 ただ、遠くでなく蝉の声だけが部屋に届いていた。麦茶の氷は溶けきっている。となりで抱きしめているはずだった麻理は、もういなかった。勢いよく起き上がると、ソファが軋んだ。 「……麻理?」
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!