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ソファから体を起こせば、飲んでいない麻理の麦茶だけが残っている。結露がテーブルを濡らしている。忘れ物なんて1つもない、あるのはただ麻理の残り香だけ。キョロキョロと見回せば、ただ綺麗に片付いた部屋だけが目に入った。
横目でチカチカと光る携帯が目に入る。液晶に出ていたのは、懐かしい同級生の名前だった。
「……もしもし」
『あ、もしもし? 健? お前またお盆帰ってこねーの?』
「……ちょっと忙しくて」
『お前去年もそう言って……』
「仕事なんだよ」
『仕事仕事って……』
しょうがないだろ、とぶっきらぼうにいうと、電話の向こうの同級生はすこし怒り気味に言った。ため息を吐いてソファに座ると、伏せてある写真立てが目に入る。そうだ、まだ直してなかった、とテーブルの上の倒れた写真立てを直すと、そこには満面の笑みの麻理と俺がいる。何気ない、日常の一枚だった。
『麻理ちゃんの墓参り、しなくていいのかよ』
もう撮れない、一枚でもある。
シンと、少しの沈黙の間、電話の向こうでセミがけたたましく鳴いていた。窓から生ぬるい影が吹いて風鈴を揺らす。全く声を発さない俺に、まずいことを聞いたと思ったのか、慌てたような声で友達は話し始めた。
『……ごめん。仕事忙しいんだろうけど、たまには帰ってこいよ』
「……ありがとう」
部屋に風鈴の音が響く。夜の黒と月の白を透かしたガラスは、とても綺麗だった。
麻理は、5年前、交通事故で居なくなった。
麻理がいなくなってはじめての盆。麻理が死んだことを認めたくなくて、墓参りにはいかなかった。だって、昨日まで隣で笑っていたのだから。
そんな中、ドアを開けると麻理がいた。どうしたの、そんなに泣きはらした目して、と笑っていた。……いつも通りの笑顔だった。俺が驚いたのは、いうまでもない。何度も頬を叩いて、つねって、夢ではないかと確認した。泣いて、泣いて、嬉しくて、幸せで。一生離すものと抱きしめて寝たが、朝にはいなくなっていた。2度、麻理を失った気分だった。
それから、毎年麻理はお盆に会いに来てくれる。去っていく絶望、現実ではないのだという虚無さえ我慢できるほど、会えること奇跡だった。……会えるだけで、幸せだった。幸せだと思っていたい。
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