化物

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「私の助手になってくれない?」 ボクは目が点になってフリーズしてしまった。 いくら地下とはいえアイドルである、そりゃ可愛い。 そんなコから誘いの声を掛けられるなんて…。 「…。」 「…で、返事はどうなの?」 「助手、…ですか?」 「マネージャー兼助手ね。」 「ボクが?」 「そうよ、どうせヒマなんでしょ?」 ボクは自分の推しのライヴを観に来ていたのだ。 終演後の物販に並んでいたら、突然声を掛けられたのである。 しかも、それは対バンと呼ばれる共演グループのメンバー。 目が点になっても不思議じゃないでしょ。 「ストロンベリィのタマキです、ヨロシクね。」 「でも…。」 「大丈夫、やれるわよ。」 何でボクなんだろう…、全く理解出来なかった。 それは、その場にいた全員が不思議に思っただろう。 ボクが推しているグループも、彼女のグループの他のメンバーも。 何故ボクなんだろう? 「じゃ、後で事務所に連絡してね。」 「…はあ。」 どうやら彼女は本気で言っている様なのだ。 それが、ますます不思議になってきている。 何故ボクなんかなのだ? 彼女のグループのストロンベリィはメジャーではないが有名である。 大きな会場でワンマンコンサートを開催したりする程の。 声を掛けてきたメンバーのタマキちゃんはソロでも活動中。 霊能力アイドルとしてネットTVに出演したりもしている。 対してボクはと言えばアラフォー世代で目立つ所も見当たらない。 やや小太りで眼鏡必須、典型的なオタクだと自分でも思う。 かつては同僚からのパワハラで会社を辞めて鬱になってしまう。 その同僚へ復讐したくて殺意まで抱いてしまっていた。 このままでは本当に犯罪を犯してしまいそうで恐ろしい…。 そんな時に友人から心療内科の受診を勧められる。 その心療内科で鬱の対症療法としてアイドルの応援を勧められたのだ。 これが見事に功を奏し、社会復帰出来た。 アルバイトではあるが、働いてライヴ会場に行くのが生き甲斐になった。 そんなボクがアイドルのマネージャーなんて…。 次の日にボクは言われた通りに事務所に電話してみた。 派遣のアルバイトは時間的な融通だけは利くのである。 「…はい、カフェ苺畑です。」 「あ、あの…タマキさんに言われて電話したのですが…?」 「ああ聞いてます、新しい助手の方ですね。」 「はあ。」 「店舗においで下さい、打ち合わせがありますので。」 「はあ。」 打ち合わせ…、何のだろう? どうせ今日は仕事を入れてないし、行ってみるとするか…。 ボクは言われた通りにカフェに向かった。 それは山手線の駅の近くにヒッソリと存在していた。 普段はグループのメンバーがバイトしている店舗である。 そしてグループの事務所も兼ねているのだ。 店に入ると見覚えのあるメンバーが迎えてくれた。 奥のテーブルに案内される。 「苺ソーダ、どうぞ~。」 「イチゴ、…ですか?」 「そう、店名にしてるぐらいだもん。」 注文してはいないが運んできてくれたので一口飲む。 甘い、だけど美味しい。 そんなボクを見ながら笑顔でタマキちゃんが厨房から出て来た。 「美味しいでしょ、看板メニューなの。」 「はあ、美味しいです。」 「じゃあ、打ち合わせに入りましょ。」 「あの…落合と言います。」 「まだ名前も聞いてなかったっけ?」 「はあ。」 「オチさんね、オッサンみたいね。」 みたいじゃなくて、オッサンです。 彼女が陽気に笑ったのを見て、なんだか楽しくなりそうな気がしてきた。 人生なんて、先はどうなるか分からないものだ。 「今度ね、ネットTVで生中継に出るの。  オカルト系の番組なんだけどね。」 「はあ。」 「ナマだから色々と人手が必要なのよ、だからスカウトしたの。」 「はあ、それなら分かります。」 「じゃあ引き受けて貰えるわね、助かったわ~。」 「はあ。」 帰宅しながら、今日の打ち合わせを反芻してみる。 自分でも面白い企画だと思う。 去年の九月、とある事件が起こったのだ。 河川と河川に挟まれた地域で連続死亡事故が起きる。 最初は男子学生の連続自殺だった。 彼等の担任教師の事故死と家族の自殺。 そこから、まるでドミノ倒しの様に不審死が相次ぐ。 地域一帯で殺人事件も相次いでネットが騒然となる。 そして超大型台風の通過に伴う河川の氾濫による水難事故。 その地域の総死者数は驚くべき数字になった。 ネットでは呪われた地域として名を馳せてしまう。 それらの関連まとめサイトでは今でも議論されている。 まるで感染、連鎖しているかの様に拡大しているからだ。 その地域に当然の様に噂が立ち始める。 亡者達が変わり果てた姿で徘徊しているというのだ。 目撃談も多数ネットに寄せられていて、増える一方である。 そこにネットTVが目を付けたのだ。 番組の予算の都合で大物は呼べない。 そこで霊能力を売りにしている地下アイドルが呼ばれたのだ。 そしてボクは、その助手として雑用係になった…。 撮影当日、駅前のベンチに集合したのは夕方。 タマキちゃんとボク、カメラ二人と照明と音声とディレクター。 低予算の番組スタッフだからか頼りない。 そして最寄り駅に事務所を構えている新興宗教の教祖。 教祖のボディーガードらしい屈強な信者が一人。 その新興宗教は教祖の親族の区議会議員の後ろ盾でもあるらしい。 スタッフは最小限だし、教祖は胡散臭かった。 でも何より、タマキちゃんに霊能力が在るとは思えない。 だから教祖が唯一の本物として呼ばれたのだろう。 地元民なら土地勘も豊富だろうし、中継もスムーズになる。 ボクのリュックにはタマキちゃんの荷物のみ。 メイク道具とミネラルウォーター、そして布に包まれた物。 「…この布包みは何ですか?」 「護身用の模造刀よ、大事な物だから失くさないでね。」 「はあ。」 模造刀で護身って…、若いコらしい発想だな…。 駅前に交番あるんだから大丈夫でしょ、ロケの起点だし…。 陽が沈むと同時に生中継の配信が始まった。 駅前で出演者紹介を一通り終えて、一同は呪われた町に繰り出した。 最初の中継は学校である。 陽が沈むと同時に向かったのには理由が在った。 クラブ活動も終了し全校生徒が帰宅した後で、それは起こる。 用務員が証言してくれた。 「音楽室ですよ…、誰もおらんのにピアノが鳴るんですよ…。」 「ピアノですか?」 「ええ、毎回同じ曲で音楽室から聴こえるんです。  教室のドアを開けた途端に音は止まるんですよ。」 「それは地縛霊ですな。」 教祖がTVカメラに向かって険しい表情をした。 同時にタマキちゃんが口に指をあてるポーズをする。 一同が一斉に動作を止めた。 その時である。 遠い階上から、微かにピアノの音が漏れてきた。 まるで練習を繰り返している様に…。 「パッヘルベルの…、カノン。」 一同は用務員室を離れ、音楽室へと向かっていく。 教祖のボディーガードが呟いた。 「ガチなのか…。」 階段を上る度に音の輪郭がハッキリしてくる。 TVスタッフの顔色が変わっていく。 もう音楽室は目前なのにピアノの音は聴こえ続けている。 教祖がドアを開けた途端にピタリと音は止んだ。 再びカメラ目線で教祖が語る。 「亡霊の地縛霊は退散させました、もう大丈夫です。」 「流石は先生!」 ボディーガードの信者が持ち上げる。 スタッフが音楽室を退室しようとした、その時である。 「まだよ。」 タマキちゃんが教室の隅のグランドピアノに向かった。 そして椅子に座ってピアノを弾き始めた。 聴こえていた「パッヘルベルのカノン」である。 彼女が聴こえていたフレーズを弾き終わり手を離す。 すると、勝手に鍵盤が動いて音を出し始める。 一同は驚愕の表情で、ただただ見つめる事しか出来なかった。 教祖のボディーガードが繰り返して呟いた。 「本当にガチじゃないか、これは…。」 慌てたカメラクルーがズームアップで中継し始める。 ネットの生中継で配信を見ている視聴者の目前。 確かに鍵盤が自身で浮き沈みして音を奏でている。 そして鍵盤が水滴で濡れ始めているのが確認出来た。 「涙…。」 タマキちゃんの呟きがボクにはハッキリと聞こえた。 やがてピアノの音は止まった。 一同はタマキちゃんを見つめ続けている。 彼女はピアノに座ったまま窓の外を見つめていた。 「彼女は転落事故で亡くなったの、亡霊なんかじゃない。  ピアノが弾きたかっただけなのよ。」 そう話す彼女の視線の先、その窓の外の夜景の中に。 確かに女子学生が浮遊していた。 彼女はタマキちゃんに向かって笑顔で手を振っている。 そして、やがて夜の闇に溶けて消えた。 「消えた…。」 「あら、…見え始めたみたいね。」 ボクの言葉にタマキちゃんが小さく返事をしてくれた。 だけど不思議と表情は少し曇った様に見えた。 学校を出た一同は、公園を挟んで直ぐの団地へと向かう。 ここが一連の事件の発端場所であり、死亡事故が多発していた。 その公園を通り抜けている最中に、タマキちゃんが立ち止まった。 頭上の樹々を見上げる、と同時に何かの音楽が聴こえ始めた。 「この音、…着信音?」 「…音?」 ボクの発言に一同が訝しんでいる。 だけどタマキちゃんだけには同じ音が聴こえている様だ。 「聴こえるのね…、完全に覚醒したみたいね…。」 「覚醒?」 「うん、他に何か感じる?」 「はあ、何か視線を感じます…。」 「うん。」 確かに上から見下ろされている様な視線を感じている。 しかも、その視線には体温が感じられない。 少し怖かった。 団地のエレベーターホールに入る。 その途端に頭上のライトが数回瞬いた。 二基のエレベーターの内、一基は使用不可の張り紙。 三人を切断したとネットで噂になったエレベーター。 一同は稼働中の一基で屋上に上っていく事にした。 先発に中継スタッフ、後発に出演者。 スタッフが待ち構えて中継するという段取りである。 エレベーターに乗り込んでRボタンを押す。 ゆっくりと上り始めたドアのガラス越しに各階のフロアが見える。 「…あれ?」 不思議な事に各階に必ず待っている人がいる。 降りたいのであれば、この基が降下する時に乗れた筈である。 だが彼等は無表情でエレベーターの中を覗いているだけなのだ。 その冷たい視線にボクは震え始めていた。 そんなボクにタマキちゃんが囁いた。 「ちょっと後ろ向いて、リュック開けるわね。」 布に包まれている模造刀を取り出した。 布の中で更に和紙に包まれた二本の模造刀。 その内の一本をボクに渡しながら小声で言ったのである。 「この模造刀には霊力が奉納されているの。  人じゃない化け物に襲われたら、これを使って。」 「ひとじゃない…、化け物?」 「物凄く気配がしているの、私を信じて。」 ボクは渡された模造刀を腰に差して、上着で隠した。 不思議と震えが止まったのである。 屋上に着いてドアが開く、一同は夜の屋上に出ていった。 スタッフは照明を点けてカメラを回していた。 教祖がカメラに向かって自分の宗教の説明をしている。 「私共の教義を理解して頂ければ、恐怖や不安は消えるのです。  それこそが即ち人生の幸福の本質なのです…。」 照明の陰で見えにくいが、明らかにスタッフの数が多く見える。 もう一度ボクは、模造刀の感触を確かめた。 「是非ともご理解頂き参加して貰いたいのです。  そして日本の未来を明るく作り変えようではありませんか…。」 その時に、スタッフ達の間から何かが飛び出て来た。 それは一直線に教祖の足許に向かっていった。 ぽん、ぽん、ぽん…。 それは少年野球用のボール、軟球であった。 夜の屋上の暗闇の中から何故か弾んで出て来たのである。 ころころころ…。 そして教祖の足許に当たって止まったのである。 教祖とボディーガードの信者はスタッフの間に視線を移す。 そして宵闇に向かって目を凝らし、直ぐに驚愕の表情に変わる。 それに気付いた音声係が視線を向けて叫んだ。 「ひっ!」 照明のライトとカメラ二台が方向を変えた瞬間。 何かがライトに向かって飛んできて叩き割ってしまった。 ガチャ! それは、もう一個の軟球であった。 ライトが消えてしまう刹那、一同は確かに見えてしまった。 ほんの一瞬だけ見えた間近の地獄絵図。 自分達の直ぐ背後に迫ってきていた亡者達の恐ろしい姿。 それは明らかに人間ではなかった。 その真紅の眼だけが暗闇の中で鈍く光っている。 生前の姿を微かに残してはいるものの、化け物と呼ぶに相応しい。 それは一同に戦慄を走らせ、パニック状態にしてしまった。 スタッフは機材を放り出してエレベーターホールに殺到した。 その瞬間に生中継の番組は強制的に配信を終了。 ぶうん。 彼等は開いたドアに逃げ込んだ。 だがしかし、そこにはエレベーターは着いていなかった。 使用禁止の筈が、何故かドアが開いてしまった。 そして彼等は単なる空間に飛び込んでいったのである。 全員が屋上から地下一階まで落ちていった。 最後に微かに聞こえたのは断末魔の悲鳴だけである。 だんだんだんだん! 教祖と信者は隣のエレベーターのボタンを狂った様に押し続けた。 そこにボクとタマキちゃんも辿り着く。 エレベーターが到着して皆が乗り込んだ。 信者が再び狂った様に一階のボタンを押し続ける。 だんだんだんだん! 閉まりつつあるドアの向こうに見えたのは異界との境界。 暗闇の中から伸びてきた手には全く生気が無かった。 真紅に鈍く光る眼の位置も、てんでんばらばらである。 その事実が、また一段と一同を恐怖に駆り立てていた。 エレベーターが一階また一階と降りていく度にフロアの灯りが消えていく。 まるで空から夜が降りて来ているかの様だった。 「ガチだ…、ガチだ…。」 信者は全身で痙攣する様に震えていた。 それは教祖にも伝染し、威厳も無く唇の震えが止まらなくなっていた。 ボクは模造刀を手にして握りしめていた。 不思議と恐怖が薄れているのを感じてもいたのである。 「どんどん気配が濃くなっている、注意して!」 闇の幕を下ろしながら降下していたエレベーター。 何故かボタンの押されていた一階を通過した。 信者は無駄でもボタンを押し続ける。 その顔面は蒼白で、恐怖で涙が止められない。 エレベーターは地下一階、駐車場で停止したのである。 地下駐車場のライトも消えていて、濃厚な闇が漂っていた。 ぶうん。 ドアが開いた途端に逃げ出そうと信者が走り出した。 隣のエレベーターから流れ出ているスタッフの血で滑って転ぶ。 「ああああ!」 その血の付いた手を見てパニックになり叫び始めた。 そして駐車場入り口の地上へのスロープに突進していったのだ。 ばきゃっ! そこで地上に出る寸前に入ってきたトラックに弾き飛ばされた。 壁に叩き付けられた信者は、床に崩れ落ちて微動だにしなくなる。 ガガガガ! 彼を跳ね飛ばして殺害したトラックは、三人の目前で乗用車と激突した。 その運転席には誰も乗ってはいなかった。 「助けてくれ、助けてくれ!」 教祖は二人の背後で座り込んで震え始めた。 暗闇の向こう側からスロープを何かが降りて来ていた。 足取りはたどたどしいが、ハッキリと意思を持って近付いてくる。 殺意。 異界から異形の物達が向かってきているのだ…。 ボクは模造刀を和紙から取り出して強く握る。 タマキちゃんも同様の動作で包みから取り出した。 「ああああ!」 ボクは禍々しい姿の奴等の間に突進して、その胸に刀を突き立てた。 相手は一瞬動きが止まり、どんどんホログラフの様に色が消えていく。 まるで質感の在る肉体から、霊魂だけに戻るが如く。 そして完全に消失してしまったのである。 「倒せた…、奴等に勝ったのか…?」 「倒した訳じゃないわ、居場所に戻してあげただけよ。」 「居場所?」 「そう。」 それでも周囲を取り囲んでいる奴等は、どんどん近付いてくる。 ボクは刀の力を借りて次々に消失させていった。 それが奴等を、その居場所に押し戻しているだけだとしても。 暗闇に鈍く光る真紅の眼が、一つまた一つと減っていった。 地下駐車場に闇と静寂が訪れた。 ボクが全部片付けたと安心した瞬間に、スロープに影が浮かぶ。 だが、その影は近付いて来る気配が無かった。 こちらの様子を伺っている様でもあり、不思議な気がした。 「ふう…、ふう…。」 だがボクはタマキちゃんと教祖を守れている。 生まれて初めて自分自身を誇れた気がして胸が熱くなった。 ボクでも人を助けられた、役に立てたんだ…。 スロープの影を見続けながら、タマキちゃんと教祖の許に戻る。 後ろ向きで後退りしながら油断はしなかった。 そして二人に向かって言葉を掛けた。 「あの影が気にはなるけれど、取り敢えずは助かったみたいだね。」 振り返ってそう話した途端に、教祖が鬼の様な形相で襲い掛かってきた。 手元の刀を奪おうとしている。 もう教祖も奴等の仲間になっていたのか…? ボクは教祖に押し倒されて馬乗りされてしまい動けない。 教祖は刀を奪い取って刺そうとしているのは明らかだ。 ボクは刀を離さなかった。 「タマキちゃん助けて!」 彼女が教祖を引き剥がそうとしたけれど、振りほどかれてしまった。 弾き飛ばされて転んだ彼女を見て、ボクの中の何かが目覚めた。 目覚めてしまった。 「ううっ!」 ボクは刀を教祖に突き刺した。 と同時に新しい自分自身が生まれた気がした。 その傷口から流れ出た血は人間のそれであった。 教祖がボクに覆いかぶさる様に倒れ込んできた。 遂に人を殺してしまったのだ…。 ボクは動けなくなった教祖を払いのけて立ち上がる。 その時に停車している車のバックミラーに自分が映った。 「あれ?」 その顔色は蒼白で無表情、眼は真紅であった。 まるで先程まで駆逐していた亡者そのもの。 「え?」 次の瞬間、自分の胸から刃が飛び出てきた。 それはタマキちゃんが背中から突き刺した刀である。 「…あれ?  タマキちゃん、ボクは…?」 「そうよ、感染…いいえ連鎖してしまっていた。」 「だから選ばれた…?」 「そう、あなたの殺意は桁違いだったの。  だから感応して奴等が現れると確信したの。」 彼女は泣きながらボクの刀を手から取った。 少しづつ身体が軽くなっていく気がする。 「…これは鞘。」 彼女は胸から出ている刃をボクの…鞘に収めた。 何故か彼女の涙が紅く見える。 「そして私も、…ね。」 覗き込んでくれた彼女の瞳も真紅だった。 どんどん身体が軽くなってきた。 「かろうじて霊力で人でいられるだけなの…。」 かちん。 刀の刃が完全に鞘に収まる音が地下駐車場に響いた。 ボクは、もう何も感じなくなっていた。 「ボクが…、ボクが…。」 彼女から嗚咽が漏れる。 「…化け物。」
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