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――気付いたのだろうか。
葵は、震えそうになる身体をごまかすために、今野に背を向けると真っ白な拳にぎゅっと力を込めた。
「……います。いつも側にいてくれた人でした。優しくて、私にないものをたくさん、持っていて、羨ましくて、私は……いつの間にか、その人のことを」
葵は唇を噛んで、俯いた。
「ずっと、好きだったのに、その好きだけじゃなくなって……触れたくて、側にいるだけじゃ、物足りなくなって。いけないと思いました。気持ちを知られてはいけない。拒絶されて、友人でいられなくなってしまうなんて、そんなことは、耐えられなかった。でも、この気持ちを抑えていくのにも、耐えられなかった。少しずつ、私は、ぎこちない態度を取るようになっていって……その人は、そんな私に違和感を持って。もう……会えない」
葵は堪えきれずに、両手を畳に投げ出した。
「私は、もう、生きていけない、と思った」
「……亨」
葵の肩が、びくんと跳ねた。
「あれは、まさか……」
沈黙が、ひどく長く続く。葵は、震える肩をごまかしきれなくなって、急いで立ち上がったが、それよりも早く今野に腕を掴まれた。
「亨!」
「違う……」
「事故じゃなくて! 自殺しようとしたのか!」
「やめて! 放して!」
「そんなに俺を、俺が信じられなかったのか!」
「今野さ……!」
二人はもつれ合うように、床へと倒れ込んだ。逃れようと空に伸ばした葵の指を、今野の手が攫いシーツに押さえ込む。荒い呼吸だけが薄暗闇に響いた。間近で見つめる葵の瞳が耐えられないように閉じられる。確信が、あった。葵は、亨だ。どうしてこんなことになったのか、わからない。だが、今、亨が目の前にいるのは確かなのだ、と思った。ただ、いたたまれないように身をすくめている葵を見つめる。
「……亨」
「違う」
「おまえは、亨だよ……」
「違う」
「俺を見ろ、亨」
「いや」
「亨」
「違う!」
葵は力の限り抗って、今野の腕の中から逃れようとした。だが、それ以上の力で、今野は葵を閉じ込めるように、腕に力を込めた。
「さよならを……お願い、楽にさせて、そうすれば、こんな……っ!」
葵は悲鳴を上げて身を捩る。今野は揺れる手首をもう一度ぐっと床に押しつけた。空いた片手で、葵の頬を打つ。はっとしたように息をつめて今野を見上げた。
「楽になれるわけない。死んで楽になろうなんて、俺が、させない」
「…………」
今野は必死になって言葉を探した。だが、なかなか見つからない。どうすれば亨を救い上げることができるのか。今野は涙で潤んだ葵の瞳を見つめながら彼に覆い被さる。唇を重ねると葵の呼吸が乱れた。
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