黄泉平坂物語

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「……柊一」 「亨?」  言葉が、聞き慣れた口調に変わる。今野は動きを止めずに、耳をすませた。 「あの時……会っていたら、きっと、僕は、本当の気持ちを言ってしまうとわかってた……おまえに拒絶されると思って……それなら死んだ方がマシだと……でも、本当は……」  涙で濡れた頬に唇を這わせる。亨は途切れ途切れに、それでも伝えずにいられないようだった。すべて吐き出してしまえ、と言わんばかりに、今野の動きも更に激しくなる。 「……死にたくない! 生きて、柊一の側にいたい!」 「死ぬわけない! 俺が、おまえを抱きしめてるのに、離れるはずがない!」 「放さないで」 「離れない。俺が、放さない」 「もっと、お願い……強く……!」 「亨……!」  今野は亨をこれ以上ないほどに強く抱きしめ、口づけた。決して、放さない。そう何度も繰り返しながら、今野は、果てしなく広がる暗い闇の中へ、すっと意識を吸い取られていった。 「気がつきましたか?」 「……っ」  ぼんやりとした意識が、ぐっと浮上していく急激な感覚に、眉をしかめた。ふと見回すと、眩しいほどの強い日差し。目を細めながら、自分を心配そうに見つめている、若い制服姿の巡査がいた。 「ここは?」 「交番ですよ。黄泉比良坂で倒れていたでしょう。気分はどうですか?」 「倒れてた?」 「あそこは観光地とはいえ、人があまり来るところではないんです。たまたま近くを通ったもんがここまで運んでくれて。この暑さなのに帽子も被らんとは」  今野はゆっくりと起き上がると、まだはっきりしない頭をとんとんと叩いた。 「……どうも」 「今日はホントに日差しが強いから、あ、ちょっと待っててください」  ひょい、と巡査は消えていった。夜勤用のベッドらしきものから下りようとすると、まだ少し眩暈がして、今野は座り込んだ。  葵、いや、亨。あれは、夢だったのか? 今野は腕時計に目をやった。あの時見たのと同じように秒針が止まっている。戻ってきた巡査は冷たいペットボトルを持ってやってきた。 「はい、どうぞ。すっきりしますよ」 「ありがとうございます。……おいしい。ところで……今日は、何日ですか?」 「? 二十四日だけど?」 「そうですよね……」  壁に掛かった時計に目をやって、黄泉比良坂を訪れてから、まだ二時間ほどしかたっていないことを知った。それでは、あの薄暗闇の時間は? 夢、というにはあまりに生々しい。その時だった。今野の携帯電話の着信音が鳴った。 「ちょっと、すみません。……はい、今野です」  亨の母からだった。今野は電話を握りなおした。
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