黄泉平坂物語

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「亨に、何か!」  亨の母は涙ながらに、亨が意識を取り戻したことを告げた。今野に会いたい、と言っているという。すぐに東京に戻ると言い電話を切った。 「お巡りさん、本当にありがとうございました。俺、今から、東京に戻ります」 「今から。ちょっと待って、電車、調べてあげるから」 「お願いします」  巡査は親切に電車の時間と乗り継ぎを調べてくれ、時間に間に合いそうもないことを知ると、自転車の後ろに今野を乗せて駅まで送ってくれた。 「本当に何から何までありがとうございました!」 「気をつけてー!」  大きく手を振りながら、巡査は電車が見えなくなるまで見送ってくれた。  ほとんど人の乗っていない車内で、今野は流れていく山々を見つめながら、亨のことを思い出していた。推測を重ねながら、ぼんやりと目を閉じる。 亨は死ぬつもりだったのだろう。だが、それはかなわなかった。今野は、亨のことを強く思いながら、生と死の境界であるといわれる黄泉比良坂へ向かった。そこで、なぜか倒れた。多分、そこで、亨と今野の意識が同調したのだろう。亨は死へと導いてほしくて、今野を試したが自身への想いを知って、苦しみながらも、それを受け入れた。今野は、亨の命を生へと引き上げたのだろうか。思い上がりであるかもしれなかったが、現に亨は意識を取り戻した。  亨は待っているだろう、今野が戻ってくるのを。瞼を通してまで眩しく感じられる強い日差しに、目を開ける。陽炎が見えるかもしれない。そう思って、今野は窓の外に目を向けた。  東京に戻ったのは、夜遅くだった。当然、面会ができるわけもなく、夜間受付の下をこっそりと通り抜け、足音を忍ばせながら病室へと向かった。一人部屋の中には機械がいくつかあって、電子音が等間隔で鳴っていた。廊下から漏れる薄明りに、あの空間が思い出される。亨は眠っていた。腕に、頭部に、包帯が巻かれていて、とても痛々しかった。今野は横に立って、そっと亨の頬に触れる。すると、ふわりと瞼が開いた。 「……柊一」 「戻ってきた。亨」 「柊一」 「ただいま。待たせてごめん」  亨の目尻からあふれた涙が、耳元へと伝っていった。それを指で拭いながら、今野はやわらかく亨を抱きしめた。かすれた亨の声が、耳に届く。 「……ごめんなさい」 「謝ることなんか、何もない。謝るなら俺だよ」  亨が微かに首を振った。
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