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裏月 コンプトン
水戸駅の南口は祭りの賑わいだ。太陽は少しずつ沈み、夜が降りてくる。南口のロータリーは車で大渋滞し、駅南の大通りも人の波ができている。
私と大志は里奈たちと合流するため、水戸駅南口の映画館の前まで来ていた。映画館の前には里奈とそのフィアンセがいた。彼らはちょっと見ただけでも仲睦まじく見えて、自分じゃ完全に部外者なのに妬ましく思えてくる。
「おーい! お待たせー」
私は里奈たちのところに手を大げさに振りながら近づいていった。
「あー、ウラちゃーん! お疲れさまー」
「うん。お待たせ! えーとそちらが……。里奈のいい人かな?」
私は彼女のフィアンセの方をチラッと見てそう言った。
「うん! 初めてだよね! 紹介するね。私のいい人です!」
名前を言え! 里奈。
「どうも初めまして、清水健次郎です。いつも里奈がお世話になってます。京極さんのことは里奈から聞いてます! とっても仲のいい友達だっていつも聞かせてもらっているので」
「清水さんね! 初めまして! キョウゴクヘカテーです」
我ながら奇妙な名前だ。
「ああ、あと遅れたけどこれがウチのドラムの大志ね!」
私は大志を指して紹介した。
「どうも、ドラムの大志です」
大志、お前のその自己紹介もどうかと思うぞ?
私たちは自己紹介も程々に、お祭りに出かけることにした。私と大志が前を歩き、里奈と健次郎さんが後から続く。人ごみを抜けながら駅南の大通りを進み花火が行われる千波湖に向かった。
千波湖は水戸駅の近くにある湖だ。普段はランニングや散策をする人たちが多くいる。毎年、水戸の花火大会はこの湖のほとりで行われていた。
「わー、すごい人だねー!」
「やべーよ大志! 人だらけだよ!」
千波湖に着くと私と里奈は人の多さにあわあわしてしまった。地元とはいえ落ち着かない。湖のほとりには多くの屋台が建ち並んでいる。私たちはとりあえず花火を見るための場所を探して湖のほとりを歩いていった。すっかり辺りは暗くなってきている。夜店の明かりと祭り特有の匂いが私の気持ちを高揚させてくれる。
「ここら辺でいいんじゃねえか?」
大志は花火の打ち上げ会場から比較的近い芝生を指差してそう言った。確かにここなら見やすそうだ。
「そうですね! ここで見ましょうか」
健次郎さんはその芝生の場所までいくと、リュックからレジャーシートを出して敷いてくれた。なんと準備のいい。
「へー、持ってきたんだねー。さっすが里奈のいい人! 準備いいなー」
私は健次郎さんにそう言うと彼は微笑みながら「いえいえ」といった。やっぱり里奈が選んだ相手だけあって紳士的だ。
「大志さん。一緒に飲み物買ってきませんか? 里奈と京極さんには場所取りお願いできると助かります」
私たちは健次郎さんの意見にのることにした。それにしても律儀で丁寧な人だな。
「りょーかい! あと健次郎さん? 私のことは『ウラ』でいいよ! みんなそう呼んでるしね」
「わかりました。じゃあウラさん! ちょっと待っててくださいね! 二人とも何飲む?」
「私はメロンソーダお願いねー。ウラちゃんはどうするー?」
「えーとねー。私は氷結の……」
と言ったところで大志に頭を小突かれた。缶チューハイを頼みたかったのに。お酒は二〇歳になってから、ってことだ。
「はい! コーラでお願いします!」
私は我慢してコーラを頼む。里奈と健次郎さんは私たちのやりとりをみて笑っていた。
大志と健次郎さんは屋台へと出かけていった。私と里奈はレジャーシートの上に座って空を見上げる。幸いなことに雨は降らないようだ。曇っていて星は出ていないけど、これから花火が大輪を咲かせてくれる。
「いい人そうじゃん?」
私は里奈に話しかけた。彼女はデレデレした笑顔を私の方へ向けた。
「えへへ、そうでしょー? 健ちゃんいい人だよー。優しいし、色々気がつくしねー」
「普通そういう時は謙遜するもんだよ? まぁ本当にそんな人だからいいけどさ」
里奈は健次郎さんのことが大好きなのだろう。彼の良い面ばかりみているようだった。私は男なんてたいがい信用ならないとか思ったけど、それは口にしなかった。ひねくれ者は私の方だし、里奈は私とは違う。
「ウラちゃんは大志さんとどうなの?」
里奈に予想外の質問をされた。
「どうって? 男として?」
「うんうん」
里奈は面白そうな表情で頷きながら私に聞いてきた。
「は! ないない! 大志のことは人として好きだし、バンドマンとして尊敬もしてるけど、男としては見たことないよ」
「そっかー。ウラちゃんと大志さんお似合いだと思ったんだけどなー」
里奈はつまらなそうな顔をした。そんなに私と大志はお似合いだろうか?
「大志はね! どっちかっていうと兄貴って感じなんだ! 安心感半端ないしね。彼のお陰で私たちのバンドどうにかやっていけてるしさ」
私がそう言うと里奈は「そうなんだね」と優しく笑った。彼女としては私と大志が一緒になってほしいと思ったのだろう。
最近はよく過去を思い出すな。大志と初めて出会った日のことを思い出した。
実家を飛び出した私は途方に暮れていた。水戸駅の北口のベンチに何となく座り、とりあえずの着替えとある程度の現金が手元にあるのを確認する。それからSGの入ったギターケース。これが私の全財産だ。数週間前までただの高校生だったのに今はホームレスになってしまった。
季節は冬のまっただ中で、トレーナーとパーカーを重ね着してはいるけどすごく寒い。吐く息は白く、頬がひどく冷たい。
私は自分のやりたいように生きたいだけだった。でも父も妹もそれを許してはくれなかった。だから私は家を出た。仕方がない。私は「まともな人間」じゃないのだから。妹のルナは家を出る直前、私と顔さえ会わせてくれなかった。よっぽど私のことが嫌いになってしまったんだろう。私はルナのことが嫌いじゃないのに。
北口にしばらくいたけど、さすがに寒すぎたのでどこかお店に入ることにした。私は以前からよく利用していたマルイの地下へと向かった。地下の奥の方に楽器店がある。私は店に入ると何となくギターを見て回った。ストラトやレスポール、テレキャスと様々なギターが展示されている。店員さんにお願いして、その中からレスポールを取ってもらい試し弾きしてみた。ギブソンのレスポールで軽くコードをはじき、好きなバンドの「アフロディーテ」の曲を弾いてみる。アンプから出る音は酷く乾いているように感じた。私の持っているSGの方がこのレスポールよりいい音が出る気がした。値段から言うとレスポールの方が数倍高いのにね。
曲を弾き終わると、そこに一人の男の人が立っていた。見た感じ私より少し年上のようだ。
「ギターうまいね」
そう言ってその男の人は軽く拍手をした。
「あ、どうも」
私は素っ気なくお礼を言うとレスポールをスタンドに戻した。
「今の曲、《アフロディーテ》の《デザイア》だよね?」
「ええ、そうっすよ! お兄さんも《アフロディーテ》聞くの?」
私は軽く言葉を返した。
「ああ、聞くよ! つーかドはまりしてる!」
「そうなんだねー。お兄さんも楽器やんの?」
「やってる! 俺はドラムだけどさ! 今は幼なじみと一緒にバンド組もうって話してるんだ! そいつはベースだからあとはギターがいるといいんだけどさー」
「ふーん」
私は荷物とSGの入ったギターケースを肩にかけた。
「君さぁ、良かったら一緒にセッションしてみねーか? 俺らのバンドのギタリスト探しててさ! 相性よければ一緒にやりたいんだ!」
「見ず知らずの男とバンド組むような奴いっと思うの?」
私は彼にガンを飛ばす。
「そんなこえー顔すんなよ! 縁って大事じゃね?」
「私は知らねー男から身を守る方が大事だね!」
私はさらにガンを飛ばした。すっかりヤンキーだ。
「わーったよ! まぁしゃーねーな! まぁ気が向いたら連絡くれよ。これ俺らの連絡先だから」
彼は私に無理矢理、連絡先の書かれた紙を渡すとそのまま行ってしまった。非常識な男だ。
「ウラちゃん?」
里奈の声でまた過去から戻ってきた。精神的タイムスリップを最近はよくしてしまう。
「え? あ、ごめん。また考え事してた……」
「えー、またー? また妹ちゃんのこと?」
「ちがうちがう! 里奈が大志のこと言うからあいつと会ったばっかの頃のこと思い出してたんだよ。もう一年以上前のことだけどさー」
「へー、大志さんとは初め、どんな風に会ったの?」
里奈は興味ありげに私に訊ねてきた。
「それはねー……」
「戻ったぞ!」
ちょうどそこで、大志と健次郎さんがジュースを買って戻ってきた。
「おっかえりー」
里奈は健次郎さんからジュースを受け取る。
「ほら! 買ってきたぞ」
私は大志からコーラを受け取った。
大志と私はあの楽器店で出会い、どういうわけかバンドを組むことになった。思い返すとそれは奇跡的だった気がする。運命と言ってもいいかもしれない。
そんなことをやっているうちに、場内アナウンスが流れ花火が始まるようだ。一発の打ち上げ花火が祭りの開始を告げる。この花火が終わったら里奈に今言えなかった話をしてあげよう。
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