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純 クレージードール
俺の名前は高木純、茨城大学の四年生だ。今は就職活動中で、内定をもらうためにスーツを着て何社か面接に回っている。俺はハードコア系のバンドでベースをしている。他のメンバーは幼なじみでドラムの大志と、ギター兼ヴォーカルの京極さん。バンド名は《The birth of Venus》っていう。大志の話だと今度は大きなイベントに出るために遠出するらしい。
その日、俺は赤塚駅前のバスロータリーの前で彼女が来るのを待っていた。昨日は水戸の花火大会があったらしく、駅には過ぎ去った祭のポスターが貼られている。たしか、大志と京極さんが見に行くと言っていた。あの二人は本当に仲がいい、喧嘩ばっかりしているようで実は互いに信頼し合っているのだろう。
「純くーん!」
後ろからの声に振り返ると彼女の美佳が立っていた。ゴスロリファッションで夏だというのに実に暑そうな格好をしている。ご丁寧に日傘まで差していた。
「美佳さぁ、暑くないの? 今日はかんかん照りだよ?」
「えー、だって可愛い方がいいもん! ミカは純君のためにおしゃれしてきてるんだよ!」
誰もそんなこと頼んでない……。とは言わなかった。彼女はまるでお人形さんのようだ。目の周りもしっかりアイシャドウをしているし、スカートはもこもこしている。ファンシーなことこの上ない。
「純君今日はどこいこっか?」
「うん。今日はとりあえずスタバでまったりしよう! それから美佳の買い物に付き合うよ」
俺と美佳は駅近くのスターバックスに行った。俺はドリップのアイスコーヒーを、美佳は抹茶クリームフラペチーノとスコーンを注文した。
「はやくぅー、できないかなぁー」
美佳は鼻歌まじりでスタバの店員がフラペチーノを作るのを眺めている。彼女はとても端正な顔立ちをしていてスタイルもいい。普通の格好をして黙ってさえいれば、かなりモテるはずだ。幸いというか不幸というか彼女はちょっとおかしかった。いや、訂正する。かなりおかしい。
「お待たせいたしましたー。こちら抹茶クリームフラペチーノになります!」
店員は出来上がったフラペチーノを美佳に手渡した。
「ありがとぉー。お姉さんクリームマシマシしてくれたんだねー」
美佳は満足げだ。店員は少し苦笑いを浮かべているけど。
俺たちは店内を出るとテラス席に座った。なんでこの暑いさなかにわざわざ外に出たいのかわからない。そして通行人達は美佳を物珍しそうに眺めながら通り過ぎていった。まるで客寄せパンダのようだ。
美佳は同じ大学のサークルの後輩だった。俺が二年生に上がってすぐに学内の軽音サークルに入部してきたのが彼女だった。入部した当時から彼女はおかしかった。おかしいおかしいといいながらもこうして付き合ってしまった俺が一番おかしいのかもしれないけど。
「うー、抹茶おいしーよー、純君も飲んでみるー?」
「遠慮しとくよ! 俺は苦いコーヒーの方が好きなんだ。美佳、これから服見たいんだよね?」
「そーだねー。ミカが欲しい服は売ってるお店少ないからちょっと遠くまで行きたいな!」
「遠くってどこらへんまで?」
「つくば市のショッピングモール行くと専門店入ってるから、純君の運転でいこーよー!」
俺はそれを聞いて「やれやれ」と思った。ここからつくば市まで行くには高速で一時間以上かかる。美佳はそんなことおかまいなしのようだ。
「そっか……。まぁいいよ、行こうか」
俺は内心面倒くさいと思いながらも彼女の提案を受け入れた。
美佳は美味しそうに抹茶クリームフラペチーノを飲んでいる。こうして見ていると、彼女の精神年齢は小学校低学年程度ではないかと思えてくる。
「そういえばさぁ、バンドやめないのー?」
「ん? やめるつもりはないけど、なんで?」
美佳は少しむくれた感じになって、上目遣いに俺のことを見た。
「だって純君、もう就職するんでしょー? だったら早く解散してさー、ミカともっと楽しいこといっぱいしよーよ! 忙しいのにバンドに時間使うなんてもったいないよぉ」
「いやいや、俺は好きでやってるんだよ? 大志だって京極さんだって一生懸命やってるんだからもう少しやっていたいんだよ」
それを聞いて彼女はますます不機嫌になった。スイッチが入ったかな?
「なにそれー!? ミカと過ごす時間よりバンドが大切なわけぇ? 最悪、大志君はいいとして……。あのヤンキークソビッチと一緒に演奏する方が楽しいって言いたいの!?」
やれやれ、また美佳の癇癪が始まった。京極さんの話をするといつもこれだ。
「美佳と京極さんは違うよ! あの子はただ真面目にギターやりたがってるんだよ! 俺も彼女のギターの腕とあの声は凄いと思うし……」
本当はもう少しだけ京極さんを褒めてもいいと思ったけどそれ以上は言わなかった。たぶん美佳はマジギレする。京極さんのギターの腕は相当なものだった。ギターを弾くとき異常なほどの集中力を発揮してミスを一切しないのだ。あの歳でプロ級の腕を持つ彼女をバンドとして手放すのは惜しいと思う。ヴォーカルとしても有能だった。性格に難があることを除けば最高のギタリストだ。
「あー!? もう一回いってみ? アタシとあの半金髪不良どっちがいいって!?」
ヤバいな、完璧にブチキレてる。美佳はブチ切れると一人称が「アタシ」に変わる。
俺はその後必死に美佳を宥めた。なんで俺はこの娘と付き合ってるんだろう? と思ったけど考えるのはやめた。コーヒーを一気飲みして、席を立つ。こうなってしまった以上、急いで買い物に連れて行って、機嫌を直してもらうしかないのだ。
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