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裏月 ツォルコフスキー
里奈と別れてから私は、駅の北口にあるマルイの地下の楽器店へと向かった。楽器店に入ると、店名の入ったエプロンをした店員が私のほうへ駆け寄ってきた。
「いらっしゃいませ! 毎度ありがとうございます京極さん!」
馴染みの店員の桜井さんが愛想良く挨拶してくれた。二〇代前半くらいの男性店員だ。営業スマイルだとしても悪い気はしない、良い笑顔だ。
「こんちわ桜井っち! ごめんねー、今日は弦買いに来ただけなんだ」
私はそう言って、アニーボールのピンクの袋をギター弦のラックから手に取った。
「いえいえ、ありがとうございます。こうやってひいきにして貰えて嬉しいです」
「ありがと。私も営業スマイルしてもらえて嬉しいよ」
「もー、営業スマイルとかじゃないですって! 京極さんのバンドのチケこの前も完売だったし、今イケイケじゃないですか!」
まったくもって、口のうまい男だよこの人は。
「まぁ多少はねー。ジュン目当ての客が多いんじゃねーかと思うよ? あいつイケメンだし、ファンがついてんだよねー」
「昨日はジュンさんも来てくれたんですよ! あの人はカッコええです。男の俺から見ても惚れ惚れしますからねー」
桜井さんは、他の客に挨拶をしながらも私と世間話をしてくれていた。ジュンもこんな風に営業スマイル全開の桜井さんと話したのだろうか?
「桜井さん、この暑さで鮭が腐るから会計させて」
そう言って私は買い物袋を持ち上げて見せた。さっき里奈と一緒に買い物した食料品がどっさり入っている。まるで主婦だ。
「あ、はいはい。失礼しました」
私は桜井さんにレジを打ってもらい、弦を受け取った。楽器店名の入ったオレンジ色で小さいビニール袋を私はポケットにしまった。この袋は私の部屋に何枚も溜まっている。
「ほんと京極さんまた来てくださいね! お待ちしてます」
「はいはい。また来週にメンバーと顔出すよ! スタジオ借りますからよろしくー」
そう言うと私は楽器店を後にした。
外に出ると思ったよりも暑かった。鮭が腐る。急いで自宅に帰らなければならない。
駅北口のロータリーにはバスが何台か来ている。私はその中で大通りを周回しているバスに乗り、自宅に戻ることにした。茨城交通のバスは特徴的なクリーム色で、車体に赤と青のラインが入っている。私が利用するのはだいたいこれだった。乗り込むと路線バス特有の匂いが漂う。シートの匂いなのか、使っている油やワックスの匂いなのかはわからないけど、あまり気持ちがいい匂いだとは思わなかった。
私は一人用シートに腰を下ろし、食料品のビニール袋を膝の上に乗せた。やっと手に食い込んでいたビニールから解放され一息つくことができた。バスからは水戸市内の大通りが良く見渡せた。こうやって改めて見ると、祭りの準備はかなり大がかりだ。水戸市民にとってこの祭りは大事なイベントのようだ。(私は本来、鉾田市民だから関係ないけどね)
バスに乗って一五分ほど走ると、私の自宅の最寄りのバス停に着いた。バス停の前には茨城最大手の銀行の本店があり、電力会社や証券会社などのビルも軒を連ねている。ここが水戸の金融の中心部なのかもしれない。
私は、バスから降りると大通りから一本裏の通りに入った。街路樹からは蝉のけたたましい鳴き声が聞こえ、近くの公園では子供たちが鬼ごっこをして遊んでいるようだ。それにしても、子供たちはよくこんな日に鬼ごっこなんかできるもんだ。
バス停から五分ほど歩くと、私は自宅にたどり着いた。自宅といってもアパートとは少し違う。シェアハウスのようなものだ。
少し古びた木造の二階建。入り口の塀には、大きな木の表札で《シェアハウスゆの》と書かれている。私は家出してからここに一年ちょっと住ませてもらっていた。
入り口には木製の大きなドアがあり、ドアノブも年季が入っている。買い物袋をひじに引っ掛けて入り口の重いドアを開けると、ギィーっと鈍い音が鳴った。蝶番の調子があまり良くないようだ。
重い扉を開けて中に入ると、背の高い業務用の扇風機があり、風が私の顔に当たった。建物の中は、屋外ほどじゃないけどかなり暑い。管理人室を見ると大家の湯野さんが、エアコンの効いた部屋で、徹子の部屋を見ている。今日のゲストはさまぁ~ずのようだ。(どうでもいいけど)
私は管理人室のガラス戸を「トントン」と二回叩いた。すると大家さんがガラス戸を面倒くさそうに開けた。
「あら、京極さんおかえりなさい。今日はお仕事もうおしまい?」
「今日は休みだよ。ほら大家さんに家賃を払おうと思ってね」
「ああ、そりゃどうも」
私は、財布から今月の家賃分の現金を取り出して大家さんに渡した。大家の湯野さんは、指をなめると、万券と千券を二回ずつ数えた。
「はい、これで今月分はいただきました。今お釣り出すからねー」
「ああ、釣りはいいよ! 大家さんにはいつも迷惑かけてるからタバコ代にでもして!」
「えー、悪いよ。それに京極さんあんまり蓄えもないんでしょ?」
「宵越しの金は持たない主義だから気にしないで!」
そう言うと、私は歯を出して笑って見せた。
大家さんに部屋代を払うと、私はすっきりした気持ちになった。借金がないというのは実に気持ちがいい。私の父親はいつも何かしら借金をしているようだったので、それを反面教師にしている。普段だらしない私だけど、少なくとも金にだらしなく生きるのは御免だと思っている。
私の部屋は、このシェアハウスの二階にあった。部屋は個室なんだけど、台所・風呂・トイレは共用だった。(そのためかなり家賃は格安だった)二階に上がった私は、自分の部屋に向かう前に共用の台所に向かう。台所は、きれいに掃除されているもののかなり年季が入っている。
私は台所のシンクに買い物袋を置き、中から買ったものを取り出した。そしていつもの手順で、買ってきた食材にマジックで私の名前を書いていった。(名前を書かないと、他の住人のものと区別がつかなくなる。この前は私のプリンが行方不明になった)。
すべての食材のパッケージに「きょーごくの!」と太字で書いて、冷蔵庫の中に放り込んだ。これで鮭も腐らずに済むだろう。
その後、私は自分の部屋に戻ってエアコンのスイッチを入れた。少しずつ部屋は涼しくなっていき、汗が引いていく。ようやく灼熱から解放され、ゆったりすることができた。今日は午前中からずいぶんと暑い。今年一番の猛暑かもしれない。
さすがに汗をかきすぎたので、シャワーを浴びることにした。タンスからスポーツブラとショーツを取り出すと、バスタオルをもってバスルームに向かった。このシェアハウスは二階にバスルームがあり、男風呂と女風呂に分かれている。昼間からシャワーを使うような奴は私しかいないので、気兼ねなく使うことができる。
こうやって考えてみると、私は幸せな環境で生活させてもらっている。特に面倒な人間関係があるわけでもなく、安い家賃で割と充実した設備のある借家を借りることができている。欲を言えば、バストイレ・キッチン付きの部屋に一人暮らしたいとも思うけど、贅沢を言ったらキリがないと思った。
私はバスルームの更衣室に入ると、ショートパンツとTシャツを脱いで下着姿になった。更衣室の鏡には下着姿の私が写っている。
ブラとショーツを脱いで、生まれたままの姿になる。乳房が軽く揺れ、下半身は思いのほかか細く感じた。私は鏡に映る自分の姿に思い出の母さんの姿を投影していた。幼すぎたはずだが、私は母さんの乳房に吸い付いている頃の淡い記憶が残っている。もしかしたら、ルナと一緒に乳房を吸っている頃が一番幸せだったのかもしれない。この身体はすでに数人の男に純潔を奪われ、徐々に幼さがなくなってきている気がした。
「いつまでも子供じゃいられねーよ」
私は鏡の自分に、そして思い出の中の母さんに呟いた。そう、いつまでも子供じゃいられないし、汚れることは決して悪いことじゃない。私が思うに、悪いのは「汚れることが悪いことだ」と思うことだ。
浴室に入ると、熱めのお湯で身体の汗を流した。短い髪はシャワーの湯を吸って、しんなりしている。私はシャンプーで髪を洗いコンディショナーをした。コンディショナーをすると髪はハリを取り戻した。
私は洗った髪をオールバックのように後ろにかき上げ、腋や陰部をよく洗った。陰部は特によく洗う。(他意はない)
全身隈なく洗うと、私は生まれたてのような爽快な気分になった。どうせ、暑いところに行けばまた汗をかくのだけど、それはそれだ。
浴室を出ると全裸のまま、更衣室にあるドライヤーで髪を乾かす。私の髪はショートなので、すぐに水分が飛んで行った。ドライヤーで髪が乾く頃には全身の水分も程よく乾いた。スポーツブラと新しいショーツを着ける。最高に気持ちがいい。
服を着替えると私は自室に戻り、下着類の洗濯物をまとめた。脱衣かごにはここ二日分くらいの洗濯物が溜まっている。明日は洗濯しようと思う。
私はベッドとテーブルの奥においてあるSGのギターを抱えた。ピックを取り出して軽く弦をなでると、鈍い音が鳴った。やはりギターの弦を交換したほうが良さそうだ。
アニーボールの弦のパックを空けると、中から弦を取り出して交換を始めた。机からニッパーとナットを締めるためのマイナスドライバーを取り出した。マイナスドライバーでナットを緩めてから弦をカットする。弦は少し撥ねながら一本ずつ切れていった。この瞬間が私は気に入っている。
「ありがとうねー」
私は今まで世話になった一弦一弦に礼を言いながら弦を切っていった。
弦をすべて外すと、ネックと指板をよく拭き取る。ボディは丁寧にワックス掛けをして拭き取った。こうするたびに私はSGへの愛情を再確認することができる。私の大事な相棒。初めてのバイト代で買ったお気に入りの赤いSG。
新しい弦に取り換え、ナットを締めると余分な弦はニッパーでカットした。ここまでで一通り準備完了だ。私はギターケースからチューナーを取り出して、チューニングを行う。最初は弦が暴れてしまいがちなので、念入りに行う必要がある。
私は最愛のギターを抱えながら、念入りにチューニングしていった。相棒と二人三脚しながら徐々に歩幅があっていくようで、この感覚がたまらない。
チューニングを一通り終えると、コードを軽く弾いてみる。順調に弦が馴染んでいるようだ。
私はチューナーをヘッドから外すと、ジャックにヘッドホンアンプを刺した。ヘッドホンを着けると、コントロールノブを調整しながら音を確認していく。
うん、なかなかいい音だ。
私は自分のバンドの曲を弾いてみた。SGは私の気持ちに呼応するように激しく、そして芯が強い音を奏でてくれる。やはり私にとってこのギターは特別なのだ。
前のライブで、対バンした他のグループのレスポールを借りて弾いたことがあったけど、何となく具合が悪かった。
こうして一発目で、最愛の相棒に出会うことができた私はとてもツイている。
音楽の神様とかがいるとすればきっと私を愛してくれている。里奈が信仰するような高尚な神様と違って、音楽の神様はもっとフランクなはずだ。(堅苦しい神様ならきっと私を愛したりしないと思う)
音楽の神様は八百万の神様の中でも、Gibsonのギターを持っているノリのいいロックな神様だろう。そんな下らないことを考えながら、ギターの慣らし運転を終えると、SGをスタンドに戻した。
私はベッドに寝転がりスマホを手に取った。起動すると里奈からLINEが来ている。
『ウラちゃん今日は買い物付き合ってくれてありがとう! よかったら明日のお祭り一緒に行かない? 彼のことも紹介したいし』
そう書いてある。
『こちらこそどうもね! ぜひ彼を紹介してほしいね。私もだれか連れていくよ。明日は昼間バイトだから終わったらまた連絡するわ』
私はそう返信した。
その後里奈から、『OK』という意味のスタンプが送られてきたので、私も『よろしく』という意味のスタンプを送った。
明日は里奈の結婚相手が見られる。ちょっと楽しみだな。私は誰を誘っていこうかな? そんなことを考えていた。
一緒に行く男なんて誰かいただろうか? バンドメンバーを祭りだとか、イベントに誘ったことなんてなかった。というよりも、あいつらを異性だと思ったことがない。それにジュンにはメンヘラな感じの彼女がいた気がする。とてもじゃないけど誘えない。
もう一人のメンバーの大志はどうだろう? 音楽活動以外ではあまり絡んだことがないけど、誘えば来てくれるかもしれない。たしか彼女に最近フラれたようだし、暇してるんじゃないだろうか? とりあえず連絡してみることにした。
私たちのバンドは《The birth of Venus》という名前だった。私はクリーンヴォイスとギター担当。ジュンはデスヴォイスとベースの担当。大志はドラム担当だった。いわゆるハードコアと言われる部類のバンドだ。
メンバーとは、楽器店で知り合った。ジュンと大志がクリーンパートのヴォーカルを探していたので、私がそこに飛び込んだわけだ。ちなみにその楽器店が、マルイの地下にある例の楽器店だった。
ジュンとは、初顔合わせの頃からお互いにあまり興味を持たない関係だった気がする。彼は音楽以外での接点を持ちたくないと思っているようだ。悪い男じゃないんだけど、どうも普通に友達としてやっていけるタイプじゃなかった。
大志とは、たまに食事に出かけたり、愚痴を聞いてもらったりしていた。彼は私にとっての数少ない理解者の一人だ。特に愛想が良かったり、私の機嫌を取ったりしてくれるわけじゃないんだけど、彼には自然と本音を話してしまっている。そんな感じの男だった。空気のような存在。高原の澄み渡った空気というよりは、私の生まれ育った農村の泥臭い空気のような……。
彼らは私より四つ年上で、大学生だった。たしか今年は就職活動をしているはずだ。私のように宙ぶらりんな感じのバンドマンではないのだ。ちゃんとレールの上を歩ける人間。やはりこの人たちも「まともな人間」なんだろうと思う。
私は大志に電話を掛けた。コール音が五回ほど鳴ると、彼は電話に出た。
『もしもし?』
大志は、愛想が良いとも悪いともとれるような声でそう言う。
「もっしー、お疲れ! 大ちゃん今忙しいかなぁ?」
私はテンション高めに電話口でそう言った。
『ん? 忙しくはねーよ。今アパートで履歴書書き溜めてるとこだったんだ!』
「そっかー。就活も大変だよねー」
『まぁなぁ、まだ内定もらってねーからさ』
大志が電話越しにそう言うと、電話口から「カチっ」という音が聞こえた。一〇〇円ライターでマルボロに火を点けている様子が目に浮かぶ。
「大ちゃんさー。ちょっと頼みがあんだけどいいかな?」
私は少しだけ可愛げがあるように装って声のトーンを上げてそう言った。我ながら気持ち悪い。
『なんだよ? 気持ち悪いぞお前』
「んっだよ! せっかく私が可愛らしく言ってやってんのにその言い草はねーだろ?」
『いやいや、お前らしくないから。てか誰もお前に可愛らしさとか求めねーよ』
ご名答。誰も私に可愛さなど期待しない。
「あー、もーいーよ!! せっかくデート誘ってやろうと思ったのに。残念だなー、他の男誘うわ」
『デート? 俺とか? なにそれ笑える』
電話からは大志の笑い声とタバコの煙を吐き出す音が聞こえた。
私は理由を簡単に説明した。里奈のこととその婚約者のこと、明日の祭りに形だけダブルデートする相手を探していること。そしてそのダブルデートの相手として大志が適当であるということ。
『で? 俺に付き合えと。他に男いねーの?』
「いなくはないよ! でも変に気でも持たれたら嫌なんだよねー。その点、大ちゃんなら信頼性高いし、私を女として見ないから安心じゃん?」
『俺は都合のいい男か?』
「最高に都合のいい男だよ!」
私は、悪気もなくそう言って笑った。ヤバい。やっぱり私の性格は最悪だ。大志は電話越しに少し考えているようだった。
『しゃーねーな! 行ってやるよ。どうせ明日は夕方やることねーし! その代わり、今度の対バンの時のスケジュールと段取りはお前やれよ? 毎回俺ばっかじゃねーか!』
「わかったよ! 交換条件を飲みましょう」
私は大志に集合場所と時間を伝えて電話を切った。彼はなんだかんだ言っても私の気持ちを汲んでくれる。頼れる兄貴のような存在がいるのはありがたいと思った。
それからまたギターを練習した。ひとしきりギターを弾いた後、スマホの音楽プレーヤーでコールドプレイのアルバムを聴いた。気持ちがいい。このまま眠ってしまいそうだ。
私はベッドで横になってウトウトして夢の中に落ちていった。幼い日の父と母、そして我が最愛の妹と過ごしたあの遠い過去の記憶の海へと……。
「お姉ちゃん待ってー」
可愛らしい女の子が私の後ろから追いかけてきた。サルペットジーンズにおさげ髪の女の子だ。
「ルナぁ、早くおいでー! おかあさんのところに帰ろー」
「うん。お姉ちゃん! 早くおかぁさんのとこいこー!」
彼女が私の妹のルナだ。素直で思いやりがあって、甘えん坊で泣き虫な女の子だ。私は勝ち気で頑固な性格だったから、かなり対照的な姉妹だった。
私たちは、知らない海岸にいた。岬には白くて大きな灯台が建っていて、その周辺には細々とやっている土産店や食事処が数軒並んでいる。灯台の周りには背の高いススキが生い茂っている。
「おかぁさんどこかなー?」
「さっきとうだいの裏のほうにいったよ! 行こう!」
私はルナの手を握って、白い灯台の後ろ側に回った。灯台の周りはスロープで囲まれていて、スロープの奥は崖になっている。下を見ると岩礁に波が当たって、大きな潮騒が聞こえた。私はルナの手を引いて、スロープを足早に歩いて行った。ルナも一生懸命ついて来ている。少しスロープを歩くとそこには、クリーム色でつばの広い帽子を被り、空色のワンピースを着た女性が立っていた。
「おかぁーさん!」
ルナは走って行って、母さんに抱き着いた。
「あらあら、ルーちゃん甘えん坊さんだねー」
母さんはルナの頭を優しく撫でた。
「ほんとに、ルナはお母さん子だね!」
私はお姉さん風を吹かせるような口調でそう言った。
「うん! ルナはおかぁさんのことだーい好きだよ」
ルナはそういって母さんの胸に顔を埋める。母さんもルナに甘えられてとても嬉しそうだ。私はそんな嬉しそうな二人を見ているだけでとても幸せな気持ちになっていた。
「ヘカテーもこっちにおいで」
「はーい」
私も母さんに呼ばれて、三人で手を繋いで歩いた。
夏の終わりの風は心地よく、私たち三人の肌を優しく撫でてくれた。スロープから上を見上げると灯台が思っていたよりもずっと大きく見える。もしくは、私の背が小さすぎるのかもしれない。
母さんの手のぬくもりを感じながら歩いていると、とても幸せな気持ちになった。灯台のスロープを一回りすると駐車場に父さんの姿が見えた。
「二人とも! おうち帰ったら、大好きなシチュー作ってあげるわね」
「やったー。ありがとうおかぁさん」
ルナは顔をくしゃくしゃにして、幸せそうに笑った。
こんな楽しい毎日がずっと続けばいいなー。私はそう思いながら、母さんとルナの嬉しそうな顔を横目で見ていた。
いつまでも子供じゃいられねーよ。
そう……。私はもう子供じゃない。母さんが家を出て、父さんが荒れて、ルナが私とすれ違うようになってからはもう……。
それでもどこかで、あの幸せな日々を取り戻したいと思っている自分がいた。過去に執着し、「あの頃は幸せだった」と思い込みたい自分がいた。
あの魔法のように幸せな毎日はもう戻らないというのに……。
身体がだるい。瞼は重く、喉は乾いている。ウトウトしているうちに眠ってしまったようだ。なんかかったるいことを考えていた気がする。外はすっかり日が傾き、夕方の景色に変わっていた。
だるいけど、夕飯の支度をしなければならない。私は大きな欠伸を一つすると、夕飯の準備をすることにした。面倒だけど、鮭を焼こうと思う。
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