写偽

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キャンプから数カ月後、事態が急転する。何と、青年の兄が離婚したのだ。離婚理由は今どきは珍しくもない嫁の不倫である。それも、結婚前からずっと元カレと続いており「真実の愛」とか「本当に好きな(ひと)」とか聞こえだけはいい言葉を吐かして離婚届を突き出してきたとのことだった。 兄との結婚は始めから望むものではなかったらしい。 三人いる子供も、現状となっては本当に兄の子なのかを疑わざるを得ない現状となっていた。兄の嫁は家を出ていった、子供の親権は兄の嫁が不倫をしていたにも関わらずに三人とも兄の嫁に取られてしまった。 青年の兄は子供は母親と一緒にいなければいけないと言う母性優先の原則の不条理さを説くが、聞く耳を持たれなかったとのことだった。 兄は三人目が出来た時点でマイホームを三十五年ローンで組んだのだが、今となっては兄が一人で暮らす無駄に大きな城と成り下がってしまった。 青年はただそれを「気の毒だね」と、思うことしか出来なかった。  更に数カ月後のこと、青年の元に母親がやってきた。兄の離婚の件で疲れ切ったのか白髪が増え、目も釣り上がり、一気に老け込み昔話に出てくる鬼婆のような形相となっていた。 「どうしたの? 母さん、唐突に家に来ちゃって」 青年は未だに独身の一人暮らしである。今は親元から独立して、マンションで独身貴族ライフを堪能している。 「……」 母親はキャンプの時に撮影した集合写真を出してきた。 「この写真なんだけど、覚えてる?」 「ああ、キャンプの時に撮った写真でしょ? 俺が現像して送ったやつだよね」 青年が印刷したものなのだから忘れようがない。青年はその写真のデータをパソコンの中に入れている。 「アンタ、パソコン得意だったよね?」 「まぁ……」 「この写真、(ほんとう)の姿に戻してほしいの」 「え? 赤目補正とかミスってた?」 「違うのよ、変な女が紛れてるのよ」と、言いながら母親は兄嫁の顔を指差した。 「え、これ兄さんの嫁はんじゃないか」 「あなたには何が見えてるの? 変な女が紛れ込んでるのよ。他所様の家族の集合写真に紛れるなんて図々しい阿婆擦れもいたもんだわ。家の居間に飾ってある写真だからよく見る機会も多いし、気持ち悪いじゃない。そのデジカメの写真はデータって言うのになってて簡単に消せるんでしょ? 心霊写真みたいで気持ち悪いから消しておいてくれない?」 成程、離婚したことで存在しないものとして扱うようになったということか。青年は事情を察した。 「分かった。この写真のオリジナルのデータは俺のパソコンに入ってるから、姉ちゃん…… ごめん、知らない人だったね。その人だけ綺麗サッパリ消して現像(印刷)すれば良いんだね」 「分かった。期待してるわよ」
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