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看護師「痛かったら言って下さいね。」
注射器の針が私の中へと入っていく瞬間かすかな痛みを感じる。
思わず目を背けると看護師さんが笑った。
看護師「すぐに終わるから…」
長年この病院に勤めている看護師の根本さんはこの病院の看護部長。
主にマネジメントなどを担当しているらしいが、このVIPフロアの責任者でもあるとのこと。
その根本さんはなんと私を知っているという。
そう。
この場所は大泉総合病院。
私の出生場所。
つまり、あの日、私の出産の際に立ち会っていた看護師さんなのだ。
もちろんママのことも知っている。
だから、よく似ている私を見て驚いたのだと言う。
年齢は50代そこそこといったところだろう。
ヘタな新米の看護師に比べればその差は歴然。
注射ひとつでその実力が伺えた。
針の出し入れもチクリとしただけでしかも手早い。
さすがである。
梨乃「ありがとうございます。」
看護師「ふふ……小さい頃は注射器の針を見て祐さんに抱きついていたから今も怖いのかと思ったけど、成長したみたいね。クスッ…」
私の記憶のない過去がそこにはたくさんありそうだ。
梨乃「私、そんなだったんですね。」
看護師「えぇ。とても可愛らしかったですよ。いつも祐さんに引っ付いて…」
いつも彼の傍にいた記憶は私もある。
でも、自分以外の誰かからそれを指摘されると少し恥ずかしい気もする。
看護師「さ、次はMRI……あ、フラフラしないかしら?貧血はない?」
梨乃「大丈夫です。」
看護師「良かった。梨乃さんはお父さん似かしら……ふふっ…」
それはあまり言われたくない台詞。
表はママ似、だけど中身はパパに似ているとよく言われる。
確かにどう考えてもあのちょっと抜けたママの内面には似ていないのだけど、だからといって消去法でパパ似と言って欲しくない。
梨乃「貧血がないのはよく食べるからかと。私、お肉大好きなので凄く食べるんです。」
看護師「そうなのね。よく食べるのは元気な証拠よね。それならきっと貧血はないわね。あ、MRIはちょっと離れたところにあるのね……」
と言ってもMRIの部屋もこのフロアにある。
看護師「さ、行きましょうか。あ、荷物は置いてても大丈夫だから。」
私はカラダを身軽にすると彼女とともにその部屋を出るのだった。
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