第二章

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ようやく到着したサンジェルべの光景に、足を止める。 街並みはレンガの作りの高さがあるものが多く、祭りのせいか行き交う人の数もそれなりに多いようだ。何より目を引くのは、賑わう人々の声だった。あちらこちらで雄叫びやら、女性特有のキャーという黄色い声やらが響いている。 (…これ、一体どんな祭り…?) [んー、ここからじゃ分かりかねますね。ディル様、もう少し進んで先に宿を確保しておきましょう。暗くなると空いている部屋がなくなる可能性があります。] フィーネの助言に、確かにその通りだったなと同意を示し、止めていた足を再び進め始めた。それでも、やはり辺りを見渡しながら歩いてしまうのは致し方ないように思う。なんせ、見たことのないものが沢山あるのだ。しかも先程から気になって仕方がないものばかり…。 「おーい、そこのあんちゃん。もしかしてこの街は初めてか?」 突然声をかけられて、びくりと肩を揺らした。視線を移すと頭にバンダナを巻いた一人の男と目が合う。どうやら、この男が声を掛けてきた人物のようだった。 「えっと…はい、そうです。」 「ま、そんだけキョロキョロしてたらそーだろうなぁ。どうだ、なんならオレが案内でもしてやろうかぁ?」 「は、はぁ…」 一見親切そうに言ってはいるが、ニヤニヤと下品に笑う男の姿に、こういうタイプは人を騙すのを得意としてる傾向があるんだよなぁと頭の中で思った。多分こういう人達にとって、一人で歩く俺のような子供は格好の的なのだろう。 余計なものに関わりたくはないが、一度返事をしてしまった以上どうしようも無い。断れば断ったで何かと難癖をつけられそうだし、素直に頼めば頼んだで面倒な事になるであろう事が手に取るように予測出来て、どうしたものかなと頭を働かせた。 んー、やっぱり人混みに紛れて逃げるしかない、か? [ディル様、残念ながら後ろからもう一人こちらに近づいて来ている男性がいます。] (え、それほんと?だとしたら、かなりまずい気が…) と思ったと同時、いきなり肩に重みを感じて、遅かったかと苦笑いを浮かべる。どうやら置かれているのは手のようだ。 ヤケに馴れ馴れしいその行動に、思わず溜息をつきそうになって、慌てて止めた。この背後にいる人物も、目の前のバンダナ男の仲間なのだろうか?だとすれば、事態はとんでもなく最悪である。 「あー。やっと、見つけたわ。ったく、いつも何処でも行くなっつってんだろ。ん?なに、おにーさん。うちのになんか用事でもあった?」 「なんだよ、連れが居たのか。何でもねぇよ、じゃあな。」 …どうやら運は残っていたようだ。最悪の展開は免れたらしい。案外あっさりと引いたバンダナの男に、やっぱり何かしらの事をしようとしていたんだなと悟る。 というか、この背後の男。何処かで聞いたような声がした気が… 「あの、ありが…」 とりあえず振り返り、お礼を言おうと口を開いて止まる。 「なんでガキ一人でこんなとこ歩いてる?親はどうした?」 「…」 見えた顔。それはあまりにも似ていて…いや。似過ぎていて、つい言葉を失った。 と…う、さん…? 「おーい、聞いてんの?なんだよ、人の顔じろじろと見やがって。まぁ、俺がカッコイイってのは十分に分かってるけどな。」 「…」 ノリは同じだが、何か違う。俺を知らなさそうなこの態度もそうだが、何より目に見えて若いのだ。 20代…くらいかな。父さんはもっと顔が老けてる…。他人の空似だろうか?なんせ、自分に似ている人間は世の中に三人いるって言うし…。はたまた親戚とか?いや、でもそんな話は一度も… 「なぁ、マジ無反応はやめて。一番傷付くんだよ、ソレ。」 再び掛けられた声に、はっとする。 やべ、つい父さん感覚で放置し過ぎた。 「す、すみません。ちょっと知り合いと似ていて驚いたんです。助けて頂き、本当にありがとうございました。」 「…ふーん。自分が助けられたって事は分かってたのな。だが、こんなとこ一人で歩いてると、また厄介なのに絡まれるぜ。…どこの宿だ?送ってく。」 にこりと笑って口にしているが、一瞬細められた目を俺は見逃さなかった。まるで何か探ってるような…気のせい、か? 「…あの、どうして宿だと?」 「ん?あー。そりゃ、あんなのに絡まれるのと言えば、この街に不慣れなやつくらいだろうしな。且つお前、今手ぶらだろ。っつー事はだ、この辺に宿でも取ってない限り有り得ないって予想がつく訳だ。」 ふむ、なるほど。 言われて、客観的に見れば確かにそうだなと一人納得をした。 まあ、向こうの勝手な勘違いではあるのだが、宿の場所を知らない俺にとっては好都合である。 …助けて貰っておいてあれだけど、また変なのに絡まれても厄介だし、もう少しだけ付き合って貰おうかな。 「…凄いですね。見た目だけでそんなふうに分かるなんて。えっと、実は…両親をおいて、何も言わずに飛び出して来てしまったんです…」 目を伏せて、反省している様に見えるよう口を開く。計算高いのは昔からで、多分これは父のを引き継いでいる気がした。きっと、世の中を渡り歩くならこういうのは得意な方が良いのだろう。 何事も要領良く…ってやつだ。 [ディル様は、結構苦労人なんでしょうか?年齢の割に思考が大人びている事が多い気が致します。] 突然のフィーネの問いに、うーん。と考える。苦労人…そうなんだろうか? 思考については、「ガキっぽくねぇなぁ」とよく父さんに言われていたので、それなりに自覚はある。だが、苦労しているかどうかはまた別の話だ。そっちについては、あまり自覚はないなぁと心の中で返した。 あー、うっかり声に出しちゃいそう。危ない危ない。 「まあ大人だからな。色々予想はつくさ。なに、喧嘩でもしたの?折角の祭りなんだから楽しまなきゃ損だぜ?」 「…そう、ですよね。戻ったらちゃんと謝ろうと思います。あの、名前までは覚えていないんですけど、確か…大きな宿だったような…」 「ん。ちゃんと謝れる素直なコは、将来有望だな。頑張れよ、少年。大きな宿、ね。分かった。じゃあ早速行くか。逸れんなよ?」 適当によくある情報を言ったのだが、この人には思い当たる宿屋があったらしい。ナイス。ありがとう。 男の言葉にこくりと頷いて、歩き始めた後ろに続く。 見える大きな背中は、やはり父のそれと酷似していて、ここまで似てるとちょっと怖いなぁなんて事を思った。 ー
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